1
仕事を終え、帰宅した私を迎えたのは思わぬ客であった。本日も無事に定時退社を果たし、明日は休みなので今夜はぐーたらのんびりしようとしていた。エレベーターを出、廊下を歩くと私の部屋の近くの手すりに見覚えのある烏が何かを咥えつつ止まっていた。漆黒の羽、おしゃれなハット、見間違えるはずもない。ポコだった。ポコは咥えていたものをこちらに投げてよこすとお久しぶりですニア、と口を開いた。
「久しぶりだね。リリーちゃん救出戦以来だから、半年ぶりくらいかな?」
「おそらくそのはずです。私はこちらの次元に常にいたわけではないので正確な年月は把握していませんが。そうそう、その手紙に私がここにいる理由が書いてあるので、さっと読んでもらってもよろしいですか?」
ポコがそういうので彼が投げてよこしたもの、それは手紙だった、を開く。びっくりするくらい綺麗な楷書体の文字で書かれた手紙はハルナからのものだった。
ニアへ
突然のポコを押し付けて、申し訳ない。あたしは一晩、この世界で用事があるのだが、そこにポコを連れて行くと少し不都合なんだ。だから一晩だけでいい。ポコを預かっていて欲しい。明日の朝くらいにはポコを迎えに行く。よろしく頼む。
神城ハルナ
「つまり、君は置いて行かれたというわけね?」
ポコに聞く。
「平たく言うとそういうことになりますね。前に教授の殺害を依頼してきた男、残雪の娘とハルナの親睦会みたいですね。初回だから一人で行く、とは言っていましたが、私に気を遣ったのかもしれませんね」
……?
「気を使う?」
「えぇ、残雪が長を務める組織はそれなりに大きな組織でして。親睦会ともなると酒だらけになるのですよ。私自身、そこまで飲めないので一緒に行くとすぐ潰れてハルナに心配されてしまうので」
ポコの可愛い一面を見てしまった気がする。
「せっかくきてくれたんだからうちにある酒でも飲ませようと思ってたんだけど、どのくらいなら飲めるんだ? とりあえず入ろう」
いつまでも烏相手に一人で喋るOLをしていては周りから白い目で見られてしまう。家に入ろう。
「この前、三十度の焼酎を飲んで頭が動かなくなったので多分そのくらいが限度なんじゃないですかね、私は」
お邪魔します、とポコが私の部屋に入りつつ言う。私より十分強いんじゃないのか、君。
さっとシャワーを浴びて、部屋着に着替える。ポコが先に桶で水浴びを済ませていたのでついでに風呂場の掃除も終わらせる。
とりあえず冷蔵庫に残っていたビールと酎ハイを取り出し、机に並べる。さっきの話を聞いて個人的にポコには酎ハイを飲んで欲しかったので甘い酎ハイを渡す。
「ビールよりは酎ハイの方が好きなのですが、よくわかりましたね」
「単純に私がビールを飲みたかっただけだよ」
適当に返す。風呂上がりのビールがうまいのは事実なのでまぁいいだろう。ポコは器用に嘴で缶を開け、あらかじめ渡してあったストローで酎ハイを飲み始めた。
「以前はあまりゆっくり話ができなかったから、今日はゆっくり話ができそうだね」
そう切り出す。実際、以前は緊張感ある中での少しの雑談だったし、あまり彼やハルナのことは知ることができなかった。せっかくこのようにハルナの相棒を預けてもらえるような立ち位置にいるのだ。いろいろお話をしたいと思う。
「そうですね。ニアとリリーはあれ以降、特に問題もなく過ごせていますか?」
「あぁ、あの日以降、教授の残留思念に襲われた、とかは特にないよ。いたって平和な日々だ。君たちが取り戻してくれた日々でもあるね」
「何を言っているんですか。貴女が自ら引き寄せた日々ですよ。失われた物は自分で取り返してこそでしょう?」
む……。なんかそう言われると照れるな。
「まぁ、充実した生活を送っているなら何よりです」
ポコが酎ハイを飲みつつ言う。
「あのドレスもちゃんと綺麗にしてとってあるみたいだよ。結婚式で着るんだ! とか言い張ってたし」
「相手がいるかはまた別問題ですね。彼女ならば相手を見つけるだけならばすぐ終わりそうですが、自分のパートナーを選ぶとなると、大変そうですね」
実際、私もそう思う。リリーちゃんとちゃんとうまく行く相手であって欲しいと、部屋に置いてある、いつも仕事場につけていく黒いシュシュを見ながら私は思うわけで。
ポコと適当に談笑をしつつ、そういえば、と切り出す。
「ポコ、以前少しだけ話していた、ハルナとの出会いの話、教えてよ」
「そうですね。せっかく貴女とはここまで語り合う仲になった訳です。私とハルナの出遭いの物語を、語りましょう」
そう、あれはいつのことだでしょうか、とポコが身の上話を語り始める。ポコとハルナの、はじまりの物語を。
2
もうすぐ、夜が明ける。ここで行う日光浴は最高の一言に尽きると思う。頭を空にして、これまで起こったこと、これから起こることをすべて忘れ、ただただ黄昏れる。
昔は別のところで朝日を見ていたのだが、そこは高層ビル群の影響であまりいい景色ではなくなってしまった。ここら辺一帯はここ十数年間で大きく様変わりをした。人は増え、建物は四角く高いものが増え、道もほぼすべて舗装されたコンクリートに変化した。様変わりをすればするほど我々烏を襲う天敵は数を減らし、駆除の人間を除き、襲われる回数も圧倒的に減った。そのため、ここら辺は烏にとってとても居心地のよい環境へ着実に変化していった。我々ハシボソガラスにとって、それはとても都合のよいことで、実際この条件だけ見るとただの楽園のように見える。我々もそう思っていた。しかし、この楽園は別の種を引き寄せてしまったわけで。
しばらく屋根の上で黄昏ているとよぉ、と上から声をかけられる。私がここで日光浴をしている時に声をかけてくるのは決まって彼である。
「やぁ、尾羽、調子はどうですか?」
私に声をかけてつつ着地するリーダーこと尾羽に挨拶をする。
「お前のおかげでなんとかな。ここ最近、ハシブトガラスの侵攻が激しいが、とりあえずまだこちらの集団には影響が出ていない。一部過激派が手を出したとかなんとかという報告は聞いているが、それくらいだな。ドクトル、お前の方はどうだ」
「私ですか? 何度か考えて、私のねぐらに蓄えてある本で調べて、この前図書館に侵入したりしていろいろ調べてはみましたが、やはり西の方、ここほど建物が多くない地域に移動するのが一番いいのではないかな、と私は思います」
ここ二、三日で調べ考えた、私なりの結論を彼に報告する。ここ最近のハシブトガラスの動き、過激派含め、を考えるとそろそろ犠牲が出てもおかしくはない。向こうの参謀が賢いならば、真っ先に私を始末しようとするだろう。最悪、私の犠牲だけで我々の群れがこの危機を乗り切れればよいが、その前にせめて私が結論を出しておかなければならない。私無しでもこの現状を打開できるように。
「そうか、俺もそう思うんだ。この街にこれ以上いても変に両種の争いが起こるだけだ。我々としても、穏便に事を済ませたいからな。向こうがそう思っているかどうかは別として」
「私もそう思いますよ。しかし、私としては生まれ故郷のこの街を、こうもあっさり彼らに渡すのもあれだな、という郷愁の念に駆られたりもするわけで」
「命あってこそだぞ、ドクトル。そう易々と危険に身を投げ出すものではない。それともあれか? お前の事だ、例の死神の噂が気になっている、とかか?」
「正直、少し、いえ、かなり気になっています」
本心を尾羽に告げる。ここ最近この街の烏達の間で噂になっている死神。ハシブトガラス、ハシボソガラス問わず、烏のねぐらに現れ、しばらくすると去っていくという噂だ。なぜ死神がそのような猟奇的な行動に出るのか、人の言葉を理解できる私ならば何かわかるのではないか。死神が何故烏のねぐらに近づくのか、その理由が知りたかった。ただの好奇心と言われればそこまででもある。それでも、私は知りたかったのだ。例え私の命が危険に晒されようとも、知的好奇心の方が勝りそうであった。
「まったく、昔からお前のその探究心には負けるよ。おかげさまで、我々は今日まで安全に確実に生きてこられたわけだから、文句を言うのも筋違いだなと俺は単純に思ったりするよ」
「私の我儘に付き合っていただいて、いつもありがとうございます。安心してください、この街を脱出するまでは私がなんとかしますから」
「これが最後の願いになるかもしれない、と思うと少し寂しくもあるな。お前がいなくなったとしても、これから先、うまくやるさ」
それじゃ、またあとでな、と一言言うと尾羽は飛び去っていった。このあと行われる会議の確認などを行うのだろう。私は考えをまとめるべく、自分のねぐらに戻ることにした。
3
ねぐらに戻る。私は結局、この歳になっても番いになることもなく、独りで過ごしている。人間ならばこういう独り身の男がいたところで違和感はないのだろうが、烏ならば話は別だ。子供を残すため、次の世代へ繋げるために、相手を探して番いにならなければならない。しかし私のように人間にばかり興味を示すような、珍妙な烏では女にモテるわけもなく、私も女というよりむしろ人間に興味があるわけで、結局こうして独りでねぐらに住んでいる、というわけだ。
ねぐらに散らかしてある本を端に寄せ、地図を開く。この国の首都の地図を見、改めて行先を考える。ここからそう遠くもなく、そして、都市化がそこまで進んではいない、そんな街を。何度考えても結論は一つだった。ここから西の地区。尾羽には地方の名前を伝えたが、他の烏に伝えても混乱を招くだけだと思うので、これでいいと思う。おそらくゆっくり向かって二、三日かかるかどうかだろう。尾羽の誘導と指揮を信じよう。彼ならなんとかしてくれるはずだ。
ねぐらの片付けをしつつ、ふと死神のことを考える。その死神はどのような姿なのだろうか。そして何故死神として、近傍の烏に恐れられているのだろうか。外見の情報すら私の耳には入ってこない。優秀な人間のように、報連相くらい烏もできるようになった方が良いのではないか、とこういうときに思ったりする。しかし、外見の情報が全く伝えられなくても、その死神は死神である、と烏たちはすぐに気づいたのだ。つまり、そいつはなにかしら死神らしさを持っているのだろう。死神らしさとは。手元にある辞書を引っ張り出し意味を調べる。
死神 死を司る神
碌なことが書いてない。手元にある本で何か死神についての資料がないだろうか。
一般的に大鎌、あるいは小ぶりな草刈鎌を持ち、黒を基調にした傷んだローブを身にまとった人間の白骨の姿で描かれ、時にミイラ化しているか、あるいは完全に白骨化した馬に乗っていることがある。また、脚が存在せず、常に宙に浮遊している状態のものも多く、黒い翼を生やしている姿も描かれる。その大鎌を一度振り上げると、振り下ろされた鎌は必ず何者かの魂を獲ると言われ、死神の鎌から逃れるためには、他の者の魂を捧げなければならないとされる。
こうした一般的に想像される禍々しい死神の姿は 一種のアレゴリーであり、死を擬人化したものである。神話や宗教・作品によってその姿は大きく変わる。時には白骨とは違った趣向の不気味なデザインとなる事もある。
昼食も忘れ、ねぐらに眠る本を漁り続け、ようやく見つけた。つまり、近傍に出没している死神と呼ばれる何かは鎌を持っている、あるいは傷んだローブを身につけている、あるいは白骨化した姿をしている、あるいは常に宙を浮いている、あるいは黒い翼をはやしている。これらのいずれかを満たしていたのだろう。ここまで詳しいことを私は知らなかったが、おそらく他の烏たちもここまでは詳しくなかったはずだ。正直、死神なんて鎌を持って大暴れしている程度の認識であった。そう考えると、死神は鎌を持って、近傍の烏のねぐらを回っていたと思っていいだろう。肝心の本人の見た目が全くわからないままなので、いざ出会った時、人の形をしているのか、していても白骨だけでとてもではないが意思疎通ができないような状態なのか、どう転がるかわからないままではある。
今更死神がどういう姿かどうこうで悩んでも仕方ないだろう。再び散らかってしまったねぐらの整理をしつつ時間を潰す。結局会議の時間までほぼ死神調査に費やしてしまった。会議の場所、小学校の屋上へ向かおう。
4
日も傾き始めた頃。逢う魔が時も近いというその刻に、ハシボソガラスによる会議が始まった。
「えー。それでは諸君。会議を始めよう。ドクトルと私で、これから先、ハシボソガラスはどうするべきなのか、結論が出た。ではドクトル、計画の概要を話してくれ」
尾羽がこちらにバトンを渡してくる。ここから先はわたしが話すところだ。小学校の屋上に集まったハシボソガラスの視線がこちらに集まる。私は自信満々に話し始める。
「皆様。今日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。ここから先、計画の概要は私、ドクトルが話させていただきます。まず、私と尾羽で話し合った結果、ハシブトガラスの侵攻が激しい以上、無駄な争いに発展する前に我々ハシボソガラスが自らこの地を去るべきだという結論に至りました。実行予定日は明日の夜からとなっています。現状、幸運なことに、犠牲者は出ていません。しかし、ここから先犠牲者がでないという保障もありません。尾羽や他の若人から聞いた話によると一部暴徒化したハシブトガラスに襲われたハシボソガラスがいるという情報も受け取っています。この情報を基に、私と尾羽は計画の実行を決意しました。少し前から尾羽に頼み、雌の烏の産卵、子育てを控えてもらうように要請していましたが、それもこの計画のためです。距離が距離なので、おそらく雛鳥を連れて移動するのはほぼ不可能だと思います。さて、計画を実行する経緯とそのお膳立ての話はこれで終わりました。続いては計画の内容についてお話ししたいと思います。まず、リーダーである尾羽に現場でのルート取りは一任します。予め次に行く予定の地域近傍とその名前、そしておおよその雰囲気を尾羽には伝えてあります。現地に着けば尾羽がわかる程度には情報を伝えてあります。おそらく行き過ぎるということはないと思いますし、行き過ぎてもその先もここのような都心ではないので、ハシブトガラスが沢山いる、というようなことはないと思います。まぁそこらへんは皆さん、尾羽に任せてしまっていいと思います。さて、肝心の移動手段なのですが、もちろん、我々は人間のように便利な手段を持ち合わせていないので、飛んで向かうことになります。尾羽を殿に、ひたすら西へ向かっていただきます。年寄りを前方中央に集め、若人をその周りに配置、尾羽を中心に殿を広めに設定してください。そして前方中央付近にいる年寄りの速度に合わせつつ、あまり遅くならない程度に西に向かってください。基本的に移動時間は夜にお願いします。ちょうど今くらいの時間ですかね、から移動を開始して、夜明け少し前に複数の小さい公園、あるいは1つの大きな公園に宿を構えてください。昼は極力目立たないように努めるようにお願いします。あまり烏の集団が動いているのが人間に知られると後々面倒事に発展するかもしれませんからね。概要は以上です。何か質問があれば、どうぞ」
長々話したが、おそらくそんなに質問もないだろう。せいぜい……。
「質問がある。ドクトル、お前はどうするつもりだ?」
この質問くらいだろう。
「私は……。この街に残ります。ここ最近、烏たちの間で話題になっている死神に興味がありまして。もう少しこの街で探してみたいと思います。もし出会えて、何事も起こらず生きていれば皆様の後を追って現地で合流したいと思います。もっとも、そのようなことはほぼないと思います。なので、今日この会議を持って皆様とはお別れ、ということになるかと思います。まぁこんな偏屈な老害がいつまでも群れの参謀をするのもアレな話だとは思います。これからは若き皆様が、尾羽のサポートをしつつ決めていく時代だと、私は思うわけで」
そうか、と言い彼は黙り込んでしまう。他に質問もなかったのだろう。すると、一人の女性が質問を投げかけきた。
「本当に、貴方なしでこの群れは大丈夫なの? 今まで貴方のその珍妙な趣味と、腐ってもいい頭に助けられてた節があるじゃない。大事なブレインがいなくなってしまっては、群れとしては……」
「心配しないでください。私一羽がいなくても、計画は成功するように、すでに尾羽と一部の若人には入れ知恵をしてあります。その先も、私の無駄な話を聞き続けた尾羽、そしてそれに付き従う若人たちへ、私の知恵は伝わっていきます。詰まった時に、私のことをふと思い出して、あいつならどうしたかな、と思い出していただければそれでいいと思います。きっと、うまくいきます。だから、あまり心配しないでください」
ね、と念を押す。彼女はこの先、番いとなる相手を、つい先日見つけ、幸せを掴もうとしているところなのだ。心配事は少ない方が良いはずだ。彼女は自信ありげな尾羽の顔、そして、これからを担う若人の顔を見て安心したのか、覚悟を決めたのか、貴方の計画に従います、と一言放ち黙り込んだ。
5
その後いくつか質問をされ、すべて納得される回答を返し、そのまま会議は閉幕となった。質問の返し、私の話した量を考えると会議というよりかは質疑応答の意見交換会という感じではあった。
ねぐらの近くの公園にある水道の蛇口を足でひねり、思い切り水を出す。真冬の水浴びなので、夏と比べて少し涼しい水浴びではあるが、むしろその方が頭が冷え切り、さっぱりするというものだ。頭を使い続けた日の夜はこうしてここで水浴びをするに限る。
ばしゃばしゃと大音量で水浴びを続ける。頭から水を被り、羽の先まで水滴を走らせる。足の先まで水滴が零れ落ちる。頭に水を垂れ流しつつ、ぼんやりと、このあとのことを考える。
死神は烏が集団でねぐらをとっている場所に現れたという。つまり、私が一人で使っている、本だらけのあそこのねぐらにはこないだろう。そうなると、今夜あたりには尾羽が使っていたねぐらにくるかもしれない。今夜はそこにいよう。どうせ私はこれから一人だ。これから先は何も気にせず一人で動こう。しかし死神は何故烏を。
その時だった。激痛が私を襲う。何事だ。水浴びをしつつ、さらに考え事をしてきた私は、もしかするとこの楽園の安全さに呆けていただけかもしれない、背後から近く何者かに気がつかなかった。そのまま転がる。私の横に左羽だった何かも転がる。一発で左羽が持っていかれたらしい。痛さでまともに頭が動かない。蛇口の方を見る。ここら辺ではよく見る、ハシブトガラスだった。しかしそのハシブトガラス、明らかに様子が変だ。口から涎を垂らしつつ、こちらに近づいてくる。理性を保つ、普段のカラスとは思えない姿だった。さらに、ハシブトガラスに私の羽を一撃でもぎ取るだけの力なぞあっただろうか。
そのままハシブトガラスが飛び跳ねてこちらに近づいてきた時だった。さらに妙なことが起こった。ハシブトガラスと私の間にどこからともなく大鎌が飛んできて、そのまま豪快に地面に突き刺さった。その音とあまりの唐突さに、ハシブトガラスは驚き、何処かへ飛び去ってしまった。結果的にこの場には大鎌と瀕死の私だけが取り残される形となった。
鈍くなった頭で必死に考える。この大鎌はなんだろうか。この街の人間が使うにはあまりに不自然なものだ。つまりこれは私が追い求めてきた死神の持ち物である可能性が高い。そうなるとこの付近に死神本人が存在する可能性が高い。さてどこに。
いた。近くの階段の手すりの上に立っていた。しかし彼女は、死神というにはあまりに不自然で、ただの人間にしか見えなかった。青いヘッドホン、ピンクのワイシャツ、灰色のブレザー、左手のみの手袋。死神というよりは女子高生という称号の方が似合いそうなものだ。彼女はこちらまで一気に飛び跳ね、私の目の前に着地して、左手で鎌を引き抜きつつ、私の方を見る。開口一番、彼女の口からは、その妙に通る声からは妙な一言が飛び出した。
「聞こえるかそこの烏。あたしの声がわかるのならば、右斜め上から左斜め下に首を振れ」
は? 何を言っているんだこの死神擬は。
残り少ない力を振り絞り、首を右斜め上から左斜め下に振る。すると彼女は私の体を優しく抱き上げた。
「ようやく見つけた。お前が人の言葉を知っていると噂の烏か。今楽にしてやるから待ってろ」
この死神擬は私のことを探していたのか。少しずつ楽になる中、意識のみが遠のいていった。
6
目が覚めた時、最初に感じたのは温かみだった。どうやら死神擬が私を膝に乗せていたらしい。先ほどまで頭につけていた青いヘッドホンは首にかけている。あたりを見回すと、場所は例の公園から少し離れたところのようだ。
「目が覚めたか、名もなき烏よ」
とりあえず彼女の声に反応して顔を上げる。体の傷は完全になくなっている。どうやら本当にこの死神擬がなんとかしたらしい。
「とりあえず、あたしの声は聞こえているようだな。いいか、よく聞け。お前は死んだ。というか、あたしが殺した。そしてあたしの眷属として蘇らせた。だから今のお前は烏ではなく、ただの燃えカスともいえる存在になった。しかしその代わり、あたしが話せる言語をその口から話せるようになっているはずだ。さぁその口で何かを話せ」
死んだ後になんとかしただけかもしれないと思っていたが、まぁあの傷を考えるとそうだろう。それよりも、だ。
「……。本当に、私は貴女と話せるのですね」
私の口から、人の言葉が、出た。あれだけ欲していた、人の言葉が、今、私の手にある。
「あぁ、とりあえずあたしの眷属になっている間は話せるはずだ。さぁ名もなき烏よ、契約と行こうじゃないか。あたしはお前に人の言葉を話す力、死神の力の一部を分け与えた。これはこちらが用意した権利だ。その代わり、お前は死神の眷属として、永遠にも感じる長い時を輪廻転生に逆らい従う義務、数多もの友の死を見送る義務が生じる。お前がこの契約を飲むというのであれば、正式に眷属としてお前を受け入れよう。お前が拒むのならば、眷属としての契約を切り、輪廻転生へお前を返そう。さぁどうする」
興味のあった死神側からまさかこのような契約を要求してくるとは、正に願ったり叶ったりだ。しかし、今の私には1つだけ、気になることがある。それだけなんとかしてからだろう。
「死神よ。貴女の契約を飲みましょう。ただし、一つだけ条件があります」
「ほう、生まれ変わって、人の言葉を手に入れてすぐに交渉とは、物覚えのいい烏だ。気に入った。聞こう」
「ありがとうございます。さきほど私を襲って、亡き者にしたあのハシブトガラス、明らかに普通のハシブトガラスとは思えませんでしたね?」
「あぁ、そうだったな。獰猛化したとしか思えない挙動だった。それがどうした」
「あのハシブトガラスが、どうして獰猛になったのか、その原因を突き止めたいのです。それを突き止め、原因を取り除くことができたら、貴女の下僕として、これから貴女に従うことを誓います」
「ふむ、その心を聞こうか」
「私の身の上話になってしまうのですが、明日の夜、私が所属していたハシボソガラスの群れが西に向かって旅立ちます。仮にハシブトガラスのみが謎の獰猛化を遂げたとしましょう。私の群れが旅立つ時に襲われては確実に被害が出ます。私は群れを離れる決意をしましたが、それでもやはり彼らは仲間です。襲われて全滅、というのは嫌なわけで。またハシブトガラスに限らず、烏全体がなにかしらの原因で獰猛化するならば、なおさら今夜のうちに原因を突き止めるべきだと私は思ったのです。私の群れのハシボソガラスも獰猛化しては根本的にダメですからね」
「つまり、お前の群れを、生前にいた仲間達を、助けたいと、そういうことだな?」
「概ね正解です。如何ですか?」
「いいだろう。お前の要望、受け入れよう」
「交渉成立ですね」
「そうだな。そうそう、お前の名前を決めてなかったな」
「私の名前ですか? 一応生前はドクトルと呼ばれていましたが」
「じゃぁお前の名前はポコで」
「いやいや、なんの脈略もないじゃないですか。意味がわかりませんよ」
「あたしが昔飼ってた鳥の名前がポコだったんだ。恨むならその鳥を恨むんだな」
そんな理不尽な。ところで、
「死神、貴女の名は?」
肝心の我が主人の名前を、まだ知らなかった。
「あぁ、あたしの名前は神城ハルナだ。これからよろしくな、ポコ」
「なんだか腑に落ちませんが、よろしくお願いします、ハルナ」
ハルナの左肩に飛び乗る。そのままハルナが立ち上がる。
「とりあえず、高いところから獰猛化した烏達を探そう。実際に見つけないと話が進まないからな」
そうですね、と返事を返す。幸い、この地域は近年、高いビルだらけになった。高いところを探すだけならば苦労しないだろう。
「しかし、街全体を見渡すとなると案外少ないですね。どこにしましょうか」
ハルナは近くのビルのを指しつつ話す。
「そのビルの屋上なんかが見やすいんじゃないか? 周りがビルだらけだからなんとも言えないが」
「それでも、最低限何かはわかると思います。行きましょう」
ハルナが歩き出す。
7
ビルに近づく。このビルは駅やら近くのマンションやらと連絡通路があって、一部屋根まで付いている謎の豪華仕様だ。その連絡通路の屋根の一部で私はいつも日光浴をしていたわけで。
「さてポコ、このビル、どうやって上まで登るか。中のエレベーターを使うわけにもいかないだろう?」
「そうですね。深夜にビルに侵入してエレベーターで律儀に屋上まで登るのは褒められることではありませんね。どうしますか? 私なら飛べばたどり着けると思いますが」
「あたしが飛べないんじゃ話にならんだろう。そうか、ポコ、少し痛いが、許せ」
というとハルナは突然私の右羽に噛み付いてきた。というか甘噛みだった。突然のことに声を荒げて驚く。
「何するんですか、貴女! 突然人の羽に噛み付いてきて」
「いやな、あたしの力で、噛み付くか、鎌で切った相手の能力を自分のものにできるんだ。お前の羽に噛みついたということは、おそらく申し訳程度の飛行能力が使えるようになるはずだ」
そういうと、ハルナの背中から大きな烏のような羽が生えてきた。
な? といいながらこちらを見るハルナだが、何も伝えられていない私からしては心臓に悪い。心臓が今でもあるのかわからないが。しかしこれでまた1つハルナのことを知ったとも言える。ハルナが一人先に屋上めがけて飛んでしまったので、私も後に続く。
なんとか屋上についた。ハルナは先についていて、羽もしまったのか、もう出ていない。流石それなりに高さがあるビルだからか、風が強い。ハルナの左肩に着地し、なんとかしがみつく。
「しかしなんというか、ヘリポート以外室外機しかない面白みのない屋上だな。もう少し何かないのかと期待したのだが」
「これが普通だと思いますよ。普段人が訪れない屋上のデザインにこだわったところで無駄な努力になるでしょう?」
「人によってはこの屋上を見ることなく終わるわけだしな。それもそうか」
テンポよく会話が進む。元々お喋りな私ではあるが、ハルナも案外よく喋る。一緒にいて飽きなさそうだった。ところで、
「ハルナ、貴女の名前、かみじょうはるな、とは聞きましたが、漢字がわかりません。どういう漢字を書くのですか?」
「神の城にカタカナでハルナだ。人間の頃は春に奈落の奈とかいて春奈だったわけだが、いろいろあってカタカナのハルナに落ち着いたというわけだ。そこらへんはおいおい話すよ」
「貴女、元々は人間だったのですね」
「そうだ、所謂、元人間の死神というやつだな。十七歳の頃、襲われて瀕死の所に死神と行き遭ったんだ。お前には詳しく話す必要があるから、また時間をとって話すよ」
彼女の身の上話は、また今度、ゆっくり聞くことにしよう。今はこの屋上から異変が起こったハシブトガラスを見つけなければならない。
風にゆられつつ、屋上から二人で街を見下ろす。私が今まで生きてきた街を見下ろす。そして、おそらくここにはしばらく戻れないだろう。
私のねぐらの近くの公園、いつの間にか出来上がっていて、気づいたら水浴びができるような水道もできていた。毎朝日光浴を行うのが楽しかった連絡通路の屋根。街の発展の最初の頃に出来上がり、私に新たな憩いの場を与えてくれた。私が昔日光浴に使っていた電線。昔はそれなりに高い位置にあったのだが、いまでは街の中でもかなり低い方だ。ハシボソガラスの会議を行った小学校。昔は日光浴を行うついでにたまに寄ったりもしたものだ。餌をよく探しに向かった神社。木の実が多くなっているので、ここら辺にはとてもお世話になった。そして、最後の最後まで使った、旧ねぐら跡。駅近くの陸橋の下にある小さなスペースで、昔はここにねぐらを構えていた。いまでもたまにお世話になる。ここだけは今も昔も変わらなかった。そう、この街が大きく様変わりをしても、変わらないところは、やはりある。私が変わってしまっても、この街が変わっても、これからもそのままであり続けることもあるのだ。
ねぐらを懐かしんでいると、その近くの公園が妙だ。何か暴れているような。
「ハルナ! あそこの公園です! 何かありませんか?」
「ん? 公園? 妙に暴れている烏がいるように見えるな」
「行きましょう。何か手がかりがあるかもしれません」
ハルナはそのまま屋上から飛び降りると羽を生やして公園まで滑空しつつ接近する。わたしもその後を追う。
8
公園でハシブトガラスに襲われていたのはなんと尾羽だった。ハルナが鎌を投げつけて、距離をとらせる。できた間にハルナと私で割り込む。
「尾羽、無事ですか!?」
「ドクトル! お前……。死神と出遭えたんだな」
「えぇ、瀕死の所を拾ってもらえました。話は後です。とりあえず今は逃げてください」
わかった、と一言だけいうと尾羽は飛んで逃げていく。獲物を逃したハシブトガラスはこちらに牙を剥ける。この牙を見る限り、やはりこの烏は普通ではない。
「お前の力なのか、あたしにも烏同士の会話がわかるようになったよ。今なら烏とも会話ができるかもわからんな」
「今度練習でもしましょう。その必要もないかもしれませんがね」
貴女はそういうことを努力せずしれっとできてしまいそうだ。さて、戦闘態勢に入る。ハルナが鎌を構える。ハシブトガラスは声なき声の叫びをあげると、仲間が集まりだした。合計3匹。さきほど私の命を奪ったと思われる個体も混じっている。
「さぁポコ、初の戦闘だ。お手並み拝見と行こうか」
左手に持った逆手持ちの鎌をくるくる回しながらハルナがこちらに声をかけてくる。
「私なりにやれることをやるまでです」
ハルナから距離をとって飛び、指示を待つ。ハルナの動き方を見ないと私もどう動いていいのかわからないし、そもそも元々頭でっかちな烏なのだ。そんなにできることも多くない。
ハルナが超高速で接敵する。順手に鎌を持ち替え、薙ぎ払う。すべて避けられてしまう。そこに私が追い打ちをかけようとしたが、こちらも綺麗に避けられてしまう。
「ポコ! お前が牽制を入れてくれ! こっちで本命の攻撃を仕掛ける!」
「わかりました! 空から何かやってみます!」
高く飛び上がり、ハルナとハシブトガラス達を上から見下ろす。ハルナが鎌をしまい、金属バットに持ち替える。あちらの方が小回りがきくのかもしれない。
ハルナが軽い一撃を一匹目に当てたところを空から襲撃する。
「ハルナ! 今です!」
「あぁ、わかってる!」
フルスイングをハシブトガラスに当てると、そのままフェンスに直撃し、墜落して、動きを止めた。あと二匹。
ハルナが金属バットを影しまい、何を取り出すのかと思ったら、次はベースを取り出す。今度は右利きに構える。一体この人は何利きなのだろうか。
ベースでなにやら音楽を奏でると、公園の地面からいろいろな動物が五匹出てくる。この動物を使役して戦おうといいうのだろうか。彼らの動向も確認しつつ、ハルナの動きも追う。ハルナはどうやら演奏中は動かないらしい。つまりハルナに近づこうとするやつ以外は放っておいていいだろう。そうすると、他の召喚された面々の方だが。
九尾が一匹、そして鮫が一匹、鳥が一匹、雪女? が一匹。最後のは自信がないが、おそらく他はあっているだろう。一番機敏な動きをするのは雪女、次に鮫が続いて九尾、最後が鳥、といった具合だ。雪女はすでにハシブトガラスに一撃を加えているので、私は見てるだけでもいいかもしれない。
上空を回りつつ、動物達が戦うっているのを眺める。すると、九尾の方がハシブトガラスの一匹の最後のあがきを受けようとしているところだった。あのままでは危険かもしれない。間に割って入ろうと、飛び込むが、その心配もいらなかったようだ。私が近づいた時には、すでに鳥が割り込み、攻撃を庇っていた。これで気づいたが、どうもこの鳥、動きが鈍いと思ったら全身鎧でできているようだ。つまりこの面々の中では壁役を担っているのだろう。ハシブトガラスの攻撃を受けたところでびくともせず、応援に駆けつけた鮫に殴られて、ハシブトガラスは力尽きた。最後の一匹も雪女が氷漬けにしたらしく、カラスたちは綺麗に全滅していた。ハルナが演奏をやめると同時に動物たちは土に還る。
9
演奏を終えたハルナを見た尾羽がこちらに戻ってくる。
「ありがとう、ドクトル。助かったよ」
「当然のことをしたまでです。とは言っても、私はなにもできませんでしたけどね」
「これから、なんだろう? 死神がお前を選んだように、お前も死神を選んだ。ならばきっとこれから長い長い旅になるんじゃないか? そこの死神より、今の段階ではお前との付き合いは長いんだ。自信を持て、ドクトル」
「ありがとうございます、尾羽」
私は、これからこのマイペースな死神と、うまくやっていきます。ところでハルナは……。
後ろを見ると、力尽きたハシブトガラスのうちの一匹を見ていた。トコトコ歩いて近寄る。
「ハルナ、なにをしているのですか」
「あぁ、このカラスを調べておこうと思ってな。何かヒントがあるかもしれないと思って。あぁ、いいよ。あたしがやっておくから」
「さきほどの戦闘もそうでしたが、貴女、なんでも一人でやろうとしすぎでは?」
「うーん。そうか?」
「そうです。誰かと共に戦うのに慣れてないのかもしれませんが、そんなの関係ありません。これから治していきましょう。せっかく私がいるのです。これからは私にも頼ってください」
せっかく貴女と共に歩むと決めたのだから。貴女と、もう少し近くなってもいいと、私は思う。
私の想いを聞いたハルナはははっと乾いた笑いをあげる。何事かと思い聞く。
「いやな、ポコよ。あたしに足りてないものは、火力と、協調性、そして人を頼る力だったんだと、お前に教えられた気がしてな。その通りだと、前に起こした事件を思い出して思ったんだよ。やっぱりお前を眷属に選んで正解だった。少しずつお前に歩み寄っていけたらいいと、あたしも思う。これからよろしく」
一目惚れしてしまいそうな微笑と共に、ハルナは言う。もちろんです、と私も返すと、いつもの表情に戻ってしまった。
「さて、ポコ、そして後ろにいるポコの親分と思わしき烏よ。あたしに協力してくれないか?」
いつもの調子に戻ったハルナに言われ、ハシブトガラスの亡骸、鮫がはたき落としたやつを調べる。羽の下に見えるはずの、白い羽毛が見えない。妙だと思いハルナに声をかける。
「ハルナ、この亡骸を、真っ二つにしてもらえませんか? 何かわかるような気がします」
首だけ落とせばわかるだろう、体を二つにするのは危険だ、とハルナはいい、鎌を大きく構え、頭を切り落とす。断面から出てきたのは肉片ではなく、歯車とネジだった。
「こいつ……。機械だったのか?」
ハルナが呟く。機械……?
「尾羽、そういえば最近、この街の烏の絶対数が減っていると言っていましたね?」
「あぁ、言ったな。ここ五年前後で確実に烏は数を減らしている。おそらく駆除の被害にあっているんだろう。それがどうした?」
「この烏、もしかして最新の烏の駆逐道具なのではないか、と思いまして」
「ほう。ポコ、その話詳しく聞かせてくれ」
「まず、尾羽の話が正しいとします。つまり、ここ数年でこの街から確実に烏が減っている、と。そうなるとこの街、烏にとって間違いなく楽園であるこの街から烏が減る理由は一つしかありません」
「人間が烏を駆逐するから、だろう?」
「はい。そして、たしかに今まで様々な手段で人間は私たちを駆逐しようとしてきた。そして、その最新版が、それですよ。その大きな烏。大きいから私は勝手にハシブトガラスだと思っていましたが、それは違いました。その烏は我々を見つけ次第始末するように仕組まれたロボットなのです。その証拠に、その首の中。肉はなく、機械でした。これで明らかでしょう? そして、私たちがこれからやるべきことは」
「その機械を動かしている元凶である制御装置を見つけ出して、機械を動かなくする、だろう? 任せろ、それはあたしができそうなことだ」
ハルナが力強く答える。ありがたい返事である。
「ドクトルよ。つまり、俺たちがハシブトガラスだと思っていた烏たちは」
「えぇ、そのロボットだった、と考えていいかと思います。一部過激派で本物が混じっていたかもしれませんが、まぁそれは置いておきましょう。大半はこの大型の烏ロボットと見ていいでしょう」
この街のハシブトガラスも、もしかしたらただの被害者だったのかもしれない。
烏ロボットの体をハルナと共に調べる。体のどこかに製造番号やら、製造元やらが書いてあれば、それを元にロボットの制御装置を破壊しに行くことができる。しかし場所がわからないとどうしようもない。
「ポコ、ここになにやら地名が書いてある。ここがどこかわかるか?」
ハルナがこちらに烏ロボットを見せてくる。たしかに地名が書いてある。ふむ、これは。
「線路の向こう側のビルの中だと思います」
あれですね、と指し示す。
「なるほど、何階かは向こうに着けばわかるか」
「おそらく。製造会社も一緒に書いてありましたからね」
さぁ、行きましょうとハルナに声をかけて彼女の肩に乗る。尾羽がこちらを向く。
「ドクトル、いや、これからポコとなる男よ。お前とはこれが最後になるのかな」
「えぇ、尾羽。おそらく、これが最後でしょう」
「達者でな」
「そちらこそ」
いくぞ、とハルナが声をかけ、ビルめがけて飛び立つ。尾羽との距離が少しずつ遠くなっていく。
さようなら、尾羽。
10
ビルに到着する。入り口の案内板を見て、場所を確認する。
「ポコ、ビルの外を飛んで、窓から一気に侵入する。いいか」
「中を律儀に通るよりは、その方が楽だと私も思います。いいですよ」
地上で鎌を装備し、そのままハルナは空へ旅立つ。目的の高さまでくると、鎌を豪快に投げ飛ばし、窓ガラスを突き破る。派手な音と共に警報音も鳴り響く。
「ここまでは想定内ですね。さぁ行きましょう、ハルナ」
あぁ、と声をかけつつハルナが割れた窓から忍び込む。
中に入ると、警報が鳴り響き、赤いランプがくるくる回っていた。警備員が見にくるのも時間の問題だろう。
「ハルナ、時間がありません。あのロボットを考えるに、制御装置はサーバールームかどこかにあるはずです。ハルナはサーバーの破壊をお願いします。私はこのオフィスのどこかにあるロボットとサーバの設計図を探します」
「サーバールームか。わかった。そっちも無茶をするなよ。困ったらすぐにあたしを呼んでくれ」
「その言葉、そのままお返ししますよ」
いうじゃないか、とだけ残すとハルナが例の俊足で奥へ向かう。私も自分の仕事を果たさなければ。ハルナとは逆の方向へ飛び立つ。
扉を一つずつ開けて中を飛んで探索をする。どこだ。どこに設計図はある?
飛び回ること五分。三つ目の部屋でようやく設計図を見つけた。ロボットとサーバ。両方ともある。嘴にくわえて、ハルナのいる方へめがけて戻る。
ハルナの進んだ方へ行くと、一つだけ扉が開いていた。中へ入ると、ハルナがサーバーを壊している最中であった。終わるのを待つ。鎌による乱舞で滅茶苦茶に切り刻み、サーバーは砕け散った。
鎌をしまい、ハルナがこちらに気がつく。設計図を投げ渡す。
「それがロボットとサーバーの設計図です。さぁ逃げましょう、ハルナ」
「警備員がもうすぐくる。急ぐぞ」
ハルナの肩に捕まる。俊足で元来た道を進む。思わず声をかける。
「相変わらず早いですね。陸上でもやっていたのですか」
「残念ながら生前は帰宅部だよ。帰宅部のくせに足の速さは学内最速だったけどな」
「短距離走に何度もスカウトされてそうですね」
「全部断ったがな」
なんなんだろう、この人。
11
なんとか窓まで戻ってくる。その勢いのまま、外に飛び出す。ハルナは翼を生やすとそのまま屋上まで飛び上がり、屋上で着地する。
「とりあえずは、一件落着か?」
「おそらくは、ですね。サーバーを壊し、ロボットとサーバーの設計図を奪った。システム復旧まではしばらく時間がかかると思います」
「お前たちの群れを逃すだけならば、なにも設計図まで奪う必要はなかったと思うんだがな」
「将来を見通して、ですよ。とりあえず、私の知ってる烏たちが生きている間は、あのようなロボットに襲われて欲しくないので」
「この街は、これからも烏の楽園として、あり続けるのだろうな」
「そうですね。なんだ、この街が烏にとって住み心地がいいこと、知ってたんですね、ハルナは」
「あぁ、だからこの街に優秀な烏を探しに来たんだ。減りつつはあるがそれでも烏が住みやすい街ではあるからな」
「それはそれは。優秀と認められたなら何よりです。これからよろしくお願いします、我が主人様、ハルナ」
「こちらこそよろしくな、我が眷属、ポコよ」
改めて自己紹介をする。私はこの魅力的な死神に、ついていこうと改めて誓ったのだった。
12
「これが、私とハルナの出会いの物語です」
チューっと何本目かわからない酎ハイを飲みつつ、ポコが言う。夜はすっかり更けてしまい、夜明けも近そうだった。夜通し彼の話を聞いていたことになる。
「ポコ、うちのベランダで日光浴でもするかい? この時期はいい朝日が入ってくるよ」
「いいですね。そろそろ夜も明けます。夜明けとともに日光浴でもさせていただきます」
その時だった。こんな時間に家のインターホンが鳴った。
「おや、迎えが来てしまったようですね」
「そうみたいだね。行こう、ポコ」
ポコが私の肩に乗る。そのまま玄関のドアを開ける。そこには腕を組んでドアが開くのを待っていた、スーツ姿のハルナがいた。
「久しぶりだな、ニア。ダサい部屋着だな」
開口一番この女は。華麗にスルーしてやる。
「やぁハルナ、久しぶり。飲んだっていう割には全然顔に出てないね」
「酒は強いからな。というかこの体、酒に強いも弱いもないのかもしれん」
羨ましいことで。
「ニア、ポコをありがとう」
「こちらこそ、夜通しポコと話させてもらったし、楽しかったよ」
「ええ、私も楽しかったです、ニア。またお話をしましょう」
ポコがハルナの肩に移る。じゃぁな、と、また会いましょう、と一言ずついうと2人は星無き夜明けに飛び立っていった。