1
風が、なびいた気がした。こんな日には大抵穏やかじゃないことが起こる。
「今日も綺麗な空だな」
「何が綺麗ですか、曇り空じゃないですか、確かに見方によっては雲が夕焼に染められて綺麗ですが」
「ポコ、お前はこんな綺麗な空を綺麗と認識できないのか? かわいそうに」
「できませんね。そうそう、その名はいつまで続けるつもりです?」
「もう百年は続いてるんだ、いいじゃないか、そろそろ諦めても。せっかくあたしがつけた可愛いあだ名なんだ」
「全くもう……。貴女のセンスにはいつも呆れさせられます」
肩の上の眷属であるポコと会話を続ける。
おい、と後ろから声をかけられる。ポコもさっきまでの雰囲気を掻き消し、タバコをくわえた青年を見る。
「烏がペットか……。いいセンスだな」
「どうも、これでも賢いいい子でな」
ポコが誇らしげな顔をする。表情の映えるいい子だ。
「俺も烏は嫌いじゃない、昔フンを落とされかけたことがあったがな」
「ほぅ、その子はさぞお前が嫌いだったのだな」
「そうかもな」
「こんな怪しげな美少女に声をかけにきたんだ、何かあるんだろう?」
表情一つ変えず彼は答える。美少女と言う煽り文句に否定の意を漏らすつもりは無いらしい。
「あぁ、いろいろあってな、お前の力が欲しい」
「力?」
「現状を打開する力が欲しいんだ。お前の霊力を見るに、お前を倒せば何かを得られるんじゃないかと思ってな」
「ハルナ、貴女の霊力だだ漏れみたいですよ」
五月蝿い。別に漏れてたとしても普段は問題ないじゃないか。
「まぁ、そうですけども」
「それで、そこの青年はあたし達を力でねじ伏せようと言うのか?」
「まぁ、そういうことになる」
ほぅ、それは面白い。
「こい! 相手になろう!」
ポコがあたしの肩から飛び立つと同時に青年は短剣を構える。こちらも身構える。勢いよく突撃してくる。短剣の魅力はこの機動力だろう。間合いと引き換えに、ほぼ動きを阻害しない。しかしあたしとて、少し素早い程度の攻撃は避けられる。バク転で華麗に避けてみせる。
「ポコ!」
「全く、人遣いが荒いんだから。大いなる闇よ、すべてを包み込む力となれ!」
口上と共に辺りが暗くなる。暗くなることで、暗視手段を持たない相手ならば、命中精度は確実に落ちる。それに加えてこちらは周りが暗くなれば暗くなるほど回避力が上がる能力がある。暗視もできるのでこちらが圧倒的に有利に立ち回ることができる。
「暗くして攻撃を避けようというのか。ならば手数で勝負だ」
彼が上着のポケットからカードを取り出す。一度に広げ、あたしの方に投げる。カードは一枚一枚が折られ、狐の形になりこちらに襲いかかってくる。避けたところで串刺しになる運命だろう。避けられないならば、弾くまで。影からベースを引き抜き、障壁を出す曲を奏でる。狐1匹1匹が障壁に突き刺さる。普通ならば刺さることなく弾くはずなのだか、そう考えるとなかなかに霊力が注がれている紙なのだろう。狐達は壁を壊せないことを悟ったのかあるべき場所へ帰り、元のカードへ戻る。こちらもベースを弾く手を止める。反撃をするならこのタイミングだろう。別の曲を奏でる。近傍の床に変化が起きる。コンクリートに亀裂が入り、大きな咆哮と共に遺士達が目を覚ます。リクザメ、キュウビ、ユキオンナ、ヨロイドリ。錆逝く彼等の遺志は何を思い、今日も立っているのだろうか。襲いかかるリクザメの攻撃を彼が短剣で捌いている間にあたしはベースを影に戻し、代わりに鎌を引き抜き彼との間合いを詰める。デタラメに攻撃を繰り出し、彼を一気に追い詰めようとする。こんなに暗いのによくまぁ器用に受け流すものだ。遺士が崩れ落ちる。再び曲を聞くその時まで、彼らはもう一度眠りにつくことになる。
ここで上空で様子を見ていたポコの追撃が入る。不意打ちに一瞬隙ができる。ポコが作ってくれた隙をみすみす見逃すわけにもいかない。手に持つ鎌でさらに畳み掛ける。鈍い彼の呻きが聞こえる。どうやら脇腹をかすったようだ。しかしこれで十分だ。そう、あたしには攻撃した相手の能力を自分のものとして使えるようにする力がある。
「さぁこい! 霊力に支配されしカード達よ!」
その一言に動揺を動揺を隠せない彼の表情を見る。ニヤリと笑う。その反応を見るのが楽しい。自分の攻撃がほぼそのまま、小道具まで含め再現されたのではたまったものではないだろう。
烏の形に折られたカード、どちらかと言うと折り紙に近くなったが、を仕向ける。大きく跳躍し、彼は烏達を避ける。あまり周りが見えていない現状で、本当に、よくもまぁそこまで避けるものだ。暗黒が晴れ、元の空を取り戻す。
「くそっ。埒があかない」
「完全に詰んでるな。どうした? あたしはそんなに弱い男は嫌いだぞ?」
「なに尻軽女みたいなこと言ってるんですか貴女は。碌に男遊びもせずに過ごしてきているくせに」
やかましいわ。
「お前に気に入られるくらいの切り札がこちらにはあるぞ?」
そういうと、彼は剣先に霊力を集中させている。宣言通り大技を仕掛けるつもりらしい。そうなると後は避けるタイミングだ。そうこうしているうちに彼のエネルギー装填は終わったようだ。そうこうもしていないが、あたしが思っている以上に切り札を行うためのエネルギー装填は早く終わるようだった。構えが変わる。来るならここだろう。隙を見てこちらの2人も影に隠れる。これが影の真の能力。回避力上昇なんてオマケ程度だ。
「この距離でも衝撃が届くのでは直撃してしまったら死が見えますね。こういう大技はしっかり避けるに限ります」
「あぁ、霊力で空間を切り裂くような、なんというかピリピリくる感覚だ。あんなの正面から喰らいたいものではないな」
意味がわからない威力の衝撃波が過ぎ去ったのを確認して影から出る。
2
「その能力、やはり俺程度では勝てないか」
短剣をしまいつつ彼がぼやく。
「そうだな。残念ながら今のお前では力不足だろう。もう少し力をつけてからくるといい」
「昔の貴女と比べると本当に強くなりましたね。素直に感心します」
一言多いカラスだ。
さて、何故あたしの力が欲しかったのか、その理由を聞こうじゃないか。
「あぁ、復讐がしたくてな」
復讐?
「そうだ、親父に命を狙われていてな」
「どうしたらそうなるんだか。ポコ、お前にはわかるか?」
「さぁ? 私にはよくわかりませんね」
「大きい組織の若頭なんだ、俺は。親父の組織の方針が嫌いでな。組織を変えようと動いていたらこれだ」
なるほどな。どうも派手な親父さんなこった。
「で、あたしは何をすればいい?」
「は?」
「もう一回言うか? 何をすればいい?」
「そうじゃない。手伝ってくれるのか? お前に利益は無いじゃないか。死ぬかもしれないし」
「あたしは既に死んでいるがな。どちらかというと肉体のある幽霊といったところだ。丁度暇だったんだ。それに、面白そうじゃないか。楽しいが正義ってやつだ」
「そうか……。変なやつだな。そうだ、俺の名は残雪、お前は?」
「私は一応ポコと言います」
「あたしはハルナだ」
名前を名乗るつもりは無かったのだが、ポコが勝手に説明してしまったのでこちらも話す流れになってしまった。お喋りなのは誰に似たのやら。
「そうか、よろしく、ハルナ、ポコ」
ところで、だ。
「これからどこへ向かうんだ?」
「実家。奇襲をしかける」
「この人数でか。面白い奇襲だな。もっと策はなかったのか」
あれば、その策をとるだろう。人数不利で突撃しなければならないほど切羽詰まる状況だからこそ、霊力の塊であったあたしを見つけたその時、何かできるかもしれないと直感的に感じ、襲いかかってきた、というわけだろう。
「申し訳ないが、策はない。そして時間も無い。ここにいるのがバレるのも時間の問題だろう」
「ずいぶん切羽詰まった状況だな。そんなに親父さんはお前を探す必要があるのか?」
「重要なのは俺じゃない。俺が持ってるうちの家の秘密だ。物もだが、俺が持っている情報もあまり外部に漏らされるとまずいと考えるはずだ」
「何やら大層なハナシが出てきましたね。とても一筋縄でいくとは思えません」
「そうだな。しかしどれほどの秘密を持てばそんな血眼になって探すほどの命になることやら」
「実物を見た方が早いと思う。行こう」
彼が歩き出す。さぁ何が出てくるのかね。
3
彼が案内してくれたのは裏路地だった。
「ここに何かあるのですか?」
ポコが疑問に持つのも無理はない。何かあるにしては、あまりに静かだ。
「あぁ、ただの裏路地に見えるだろう? ここのマンホールが……」
そういいつつ彼はマンホールを鍵を使って開ける。なるほど、よくある話だな。
「さぁ、行こうか」
残雪がマンホールに飛び込むのであたしたちもそれに続く。
「こういうときにスカートの処理には困るな」
「体術に関して、足技が中心の貴女が何を言うんです」
「まぁな。そろそろスパッツでも履くべきか?」
「履いた方が気まずい雰囲気になることが減るかと思いますよ、私は。ところで残雪、貴方はなにゆえタバコに火をつけないのです?」
「これか? たまたまだよ。火をつける余裕がなかったというか、なんというか。吸っていいなら吸うが」
「別にいいんじゃないでしょうか。ハルナ、どうなんです?」
「あたしは臭いも気にならないし、まぁ勝手にしてくれとしか」
雑談に花が咲き始めたところではあるが、目の前に見える扉が入り口だろうか。
「そうだな。ここからが俺の家の敷地だ。準備はいいか?」
「あたしはいつでも大丈夫だ」
「私もいつでもいけます」
残雪の問いかけに返事をする。さて、ここからが本番のようだが。残雪が扉を開ける。彼が通路を駆け抜ける。それに続く。
「早いな。陸上部でもやってたのか?」
最初の部屋というだけあって特に見つかることはなかった。まぁ、時間の問題だろう。
「高校生をしていた間は帰宅部だったよ。もっとも、学年最速の女の座は最後まで譲らなかったがな。今となっては何年前の話かしっかりは覚えてない」
「化物か、お前は。この調子なら順調に強行突破できそうだ」
なんだ? 見つからなければどうということはないだろう。
「まぁそのうちわかる」
4
あれから10分ほど歩き続けたが結局何も出てこなかった。最初の部屋以降、警報装置は何度か出くわしたが、ポコがすべて見つかる前に壊したせいで誰にも気づかれることはなかった。警報装置が壊れたことを伝える装置くらい用意しないのだろうか。
「さて、ここまでは茶番と言って差し支えないだろう。ここからが本番、そして俺の家の真の秘密がある。準備はいいかいいか?」
「さっさと行こう。あたしは延々短距離走をしてるだけで準備も消耗もクソもないからな」
「私が片っ端から警報装置を壊してしまっていますからね」
「随分と余裕なことで。ならば行こうか」
今まで以上に重そうな扉が開く。さて、何が出てくるのだろうか。
「ほう、これは……。だいぶ派手なものが出てきましたね」
「そうだな、ポコ。確かにこれは外部に漏らされたら穏やかではなさそうだ」
平和なこの国には似つかない、巨大な要塞が広がっていた。この町の地下にこんな大きな要塞があったとは、面白い秘密を握っているものだ。
「さぁ行こう」
残雪の一言に続く。どうやらさっきまでの茶番は本当に茶番だったようだ。あの程度の警報装置を抜けられなかったならば、たしかにここで手詰まりだろう。
最初の階段を登ったあたし達を待っていたのは3人の兵士の手厚い歓迎だった。
「きたぞ!」
一人が声をあげる。その一言で敵味方含め全ての者が戦闘体制に入る。
ポコが素早く対応し、先制攻撃をしかける。それに合わせて追い打ちをかけようとするが、ガンナーの銃撃があたしの脚をめがけて放たれていた。相当な時間狙いを定めていたようで、食らってしまった。もう一丁取り出し連射の体制に入っている。どうもこのままではあたしは蜂の巣になりそうだ。そうはさせない。鎌を戻し、ベースを引っこ抜く。足を封じられている以上、ここで攻撃を避けるのは得策とは言えない。やはりというか、なんというか、ものすごい勢いで弾が乱射されている。しかしこの障壁を破れるほどの威力ではなさそうだ。全く刺さる気配がない。足の痺れがとれてくる。不意打ちと追い打ちのはずがとんだ誤算だ。やはり先に遠距離技を持っている奴から倒すべきだったか。狙いを定めていようが残念だが、見えている弾を食らうほどあたしものろまではない。撃ってきた弾を予め出しておいた鎌で弾き飛ばす。そのまま接近し、首を跳ね飛ばす。一人目の始末に成功した。さて、あと一人だが、ポコがなんとか時間を稼いでくれたようだ。そこにカードの支援が入る。あたしの入る余地はなさそうである。さぁ、軽いウォーミングアップだ。次に進もう。
階段を登る。次は二人のようだ。ポコは残雪の支援に回る。そうなると、あたしはこの男とタイマン、ということになる。武器は刀。間合の管理は徹底するべきだろう。先制は譲ることにする。間合を離す。すぐに間合を詰められても良いように鎌を構える。上段の構えをとり、こちらに近づいてくる。予想していたよりずっと動きが遅い。そんな重い刀なのだろうか。たしかに、刀は両手剣と言われればそこまでである。隙だらけだったので、背中にめがけてカードを一発お見舞いしてやる。腰に当てたので脚に支障が出るはずだ。それにしても遅い。そこまで重い刀を使う理由は一体なんだ?
気づく。この見た目で刀が重いということは内部に細工がしてあるとしか思えない。その男はこちらに接近しつつ、刀を叩く。妙な音が響く。おそらく機械を起動した音だろう。となるとここからやばい一撃が加えられるのが定石だろう。刀が振り上げられる。なんとか鎌で受け流したものの、先ほどまでとは威力、速度共に段違いだ。しかしこれがその剣の最大火力とは思えない。振り切った刀をすぐに反転させる。流石に穏やかじゃない。次の振り上げは避けるべきだろう。ギリギリまで攻撃を引きつけ、そして避ける。対象を失った刃先は円を描き、床に襲いかかる。爆音が響き床に砂埃が舞う。視界が戻ってきた頃には大きな穴と決着がついたらしいポコ達の姿が見えた。さぁあたしもそろそろ決着をつけないとな。
刀の色が赤くなっている。どうも一発大技を撃つごとに刀に熱が溜まるみたいだな。攻めるなら今か。我武者羅に鎌を奮う。綺麗に捌くがさて、その重さの刀でどこまでついてくるのだろうか。案外すぐにへたれてしまったようで、一瞬の隙をついて首をいただいた。
二人とも始末した後、ふと疑問に思ったことがあるので残雪に声をかける。
「そういえば残雪、お前の短剣もあの大技を撃った後はしばらく剣に熱が溜まったりするのか?」
「俺の刀か? あぁ、熱がたまるよ。更に俺の刀は霊力の補充も必要だ。その分あいつらが使ってる刀より威力も出るがな。」
「刀? 短剣ではなくて?」
「あぁ、こいつは元々刀だ。俺の手元に渡った時には既にこの大きさだったが。お前らは見てないと思うが霊力が補充できた時は元の刀の姿に戻るみたいなんだ」
「あぁ、あたしらが影に引きこもってた時か」
「そんな大それたものだなんて、驚きです」
「あたし達が知らなかっただけで案外すごいことが起こっていたらしいな」
「みたいですね。驚きです」
話しつつ、先へ進む。
5
次の階段を登った先には一人の女性がいた。
一人か。油断ができない。
「さぁ、始めようか」
機械を起動させつつ女性の方から声をかけてくる。剣を構えるということは何かを仕掛けるということだろう。
「大いなる闇よ!」
ポコが咄嗟に闇を展開させ、辺りを暗くする。ものすごい勢い揺れと共に衝撃波が飛んでくるが、ジャンプで避ける。しかし、残雪には避ける手段が無かったのだろう。場外へ吹き飛ばされた。
「ポコ、残雪の救護に回れ!」
「了解!」
「私から視線を逸らすだなんて、じょーちゃん、いい肝の据わり方だね」
「どうも、これでも伊達に戦場を走り回っていない女だからな」
彼女の赤光りする刀の軌道を側転で避け、ローファーの踵で逸らす。また衝撃波が飛んでくる。冷たそうな衝撃波が飛んでくる。しかし先ほどの衝撃波ほどではないか。しかし、一気に刀の赤みが薄くなったのがわかる。威力ではなく、オーバーヒートを早く治すのが目的の技だろう。このままでは埒があかない。相手の火力に押し切られてそのままゲームセットだろう。こういう時に強靱な体が欲しくなる。ダメージ覚悟のインファイトをした場合、こちらの負けが確定してしまう。避けて隙を見つけるしか未来はない。
カードを散らす。ステップを駆使して彼女の攻撃を避けつつもカードを当てようと試みる。
「避けてちゃいつまでたっても勝ちは近づいてきてくれないよ!」
ここで挑発に乗っては負けだ。寧ろそっちこそ挑発ぶちかましてる余裕はあるのだろうか。挑発の隙ができているはずだ。格のわからない相手に無駄に挑発はするもんじゃない。カードの集中砲火を浴びせつつ、ベースを引き抜き、曲を奏でる。カードと交代に遺士達が現れる。彼女へ攻撃を仕掛ける。すると、そこにオーバーヒートの熱を乗せて衝撃波をぶち込んできやがった。あたしは遠くにいたのでベースを構えて機動力が落ちた今でもなんとか避けられたが遺士達はもろに食らっただろう。さて、どうなっているか。
なんと、キュウビは炎を吸収し、リクザメは素で耐え抜いたではないか。炎を吸い込んだキュウビの普段以上に大きい炎が彼女へ襲いかかる。刀で凌いだのはいいが、オーバーヒートにさらに熱が溜まったのではなかろうか。
流石に限界が近かったらしく、リクザメは次の一撃を加えて崩れてしまった。キュウビは余裕ができたようで普段以上に場に出ている。普段ならそろそろ崩れている頃だ。
「どうやら本当に手慣れた戦士だったようだね。まさか一瞬の隙をついてここまでインファイトしてくるだなんて」
「隙を突いて猛攻撃をしかけないと、どうしてもあたし達は勝てないからな。さて、その刀、大丈夫か?」
「もう無理だろうね。ここまでオーバーヒートした刀も見たことねぇ。そちらのキツネちゃんの業火まで食らっちゃ、流石にやばいよ。」
「そうか。ならキュウビよ、熱であの刀を壊せ!」
最後の一仕事を任されたキュウビがもう一発業火を放つ。本人まとめて燃やし尽くす。黒焦げになりつつ彼女は刀を頼りに立っている。
「でもな、この刀はな、極限までくると、すごいんだぜ」
「そうだろうな。爆発の一つや二つで済めばいいが」
「といいつつ、じゃぁなんでオーバーヒートを加速させた?」
「楽しいが正義、だからだ」
そういつつ、あたしはベースを握り直す。実際、この女に一瞬の隙を突かれて回復されたら困るからだが、な。さて、そろそろだろうか。先ほどの熱波を大きく上回る衝撃波が襲いかかる。すぐに障壁を出す曲を奏でる。指が振動でずれないように気をつける。中にいても衝撃の伝わる衝撃波だ。無茶苦茶というかなんというか。あの刀、これほどの力があったのか。なんとか彼女の断末魔を凌いだ。
辺りを見回すと足元以外は黒焦げだった。強烈な一撃だったことが伺える。近くに見える黒焦げの何かがおそらく彼女の末路だろう。来世でまた会おう。
6
十数分したあたりで二人が帰ってきた。
「熱くて乗れませんでしたよね。冷えたので来ましたが」
「寧ろ無事で何よりだ。下に落ちたのが不幸中の幸いだったか。少し休憩してあたしも落ち着いたよ。次へ行こうか」
階段を登った先に待っていたのはたいそう大きい壁に挟まれた通路であった。ここを抜けなければ先には進めない、ということだろうか。
「これは流石に参りますね。文字通り要塞の様です」
「さぁ、ここが山場だ。行こう」
「そうだな。行こう」
三人で駆け出す。
最初に現れたのは戦車の大軍だった。ここを生身で通り抜けようとしてるというだけで笑えてくる。砲台から弾が飛んでくる。
「ポコ!」
彼を襲おうとする弾を撃ち落とす。
「そこだ!」
残雪が砲台を破壊する。これでこの戦車はお荷物だ。お荷物の後ろからマシンガンタイプの戦車が二台来る。
「走り抜けるぞ!」
三人で駆け抜ける。
「ポコ!」
「えぇ、大丈夫です!」
ポコを上へ飛ばさせ、安全圏へ誘導する。こちらは下から追いかける形になる。鉛の雨を避けつつ、落としつつ走る。カードを展開しつつ前へ進む。銃口にカードが直撃する。ようやく雨が落ち着いた。
落ち着いた一瞬の隙を見、ポコが奇襲を仕掛ける。遂にもう片方のマシンガンも大破した。
「次だ!」
残雪の掛け声で前を見る。先の疲れを感じさせない声にこちらも鼓舞される。戦車を超えた先にはガトリング砲台が三台待ち構えている。さて、どう突破するか。
「わたしが囮になります!」
ポコが空に躍り出る。空は彼の庭だ。まぁ、大丈夫だろう。空中で鮮やかにスコールを避ける。しばらく見ていたいが、そんなことをしていてはいつやられるかわからない。さっさと破壊するべきだろう。ガトリング砲の下へ走る。一台がこちらに気づき照準を変える。
「あっちは俺に任せろ! ハルナはポコの方に!」
残雪が向きを変え砲台を破壊しにいく。こちらはそのまま砲台へ向かう。金属バットに持ち替え、そのまま砲塔を殴り飛ばし、へし曲げる。砲台の爆破音を確認する。見事に砲台は破壊され、残雪も破壊を終えたところだった。
「これで終わりか? そうやすやす終わるとは思えないんだがな」
残雪が一言漏らす。確かにこれで終わるとは思えないが、しばらく先にはドアが見える。こういう場合、最後の足掻きがあるのが関の山、というものなわけで。最後のガトリング砲が顔をみせる。
「ポコ! あたしの影に入れ!」
「了解。後は任せました」
「お前……。まさか、全弾撃ち落とすつもりか?」
「それ以外にないだろ! わかったならさっさと構えてあのガトリング砲に衝撃波を飛ばす準備をしろ」
彼は刀に霊気を込める。金属バットを戻し、鎌に持ち替え、残雪の前に出る。ここで彼の霊力チャージまでの、そして衝撃波が溜まるまでの時間を稼がなければならない。
迫り来る弾丸を鎌で撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす! 撃ち落とす!
どれだけ経っただろうか。顔をのぞかせた五つのガトリング砲のすべてが弾切れになったその一瞬を残雪は見逃さなかった。飛び跳ね、衝撃波を放つ。慌てて頭を下げる。頭の上を衝撃波が通り過ぎる。衝撃波はすべてのガトリング砲を吹き飛ばした。ようやく片付いた。これで先に進むことができる。
「無茶苦茶のわりに、うまく行ったな」
「流石ですね。経験から出されるその結論、本当に強くなりましたね」
適当に返事をしつつ、扉を開ける。さて、大きな山も過ぎ、この先はどうなっているのだろうか。
7
扉の先には一人の老人が待っていた。
「ほう、残雪、それに」
「ただの通りすがりの死神だ。」
「大した自己紹介なことで。なにを血迷い、出来損ないの息子の手助けを」
きまぐれ、という他ないだろう。
「そうか。全く、余計なことをしてくれて。おかげで息子を殺すとう無駄な仕事が増えてしまったではないか。どう責任をとってくれる」
「申し訳ないが、今のあたしにはお前を殺すことでしか罪を償えそうにないな」
「はっ。とんだ冗談を。貴様ら二人とも儂の贄となれ!」
そうと爺さんは手に持つ辞書を開き、戦闘体制に入る。辞書から電撃を飛ばす。3人とも別の方向へ避ける。
「残雪は想定できていたが、まさか貴様らも避けるとは。面倒だ」
「羽禁止」
そういいつつ、爺さんはポコへ針らしきものを投げる。悲鳴をあげ、ポコが墜落する。
「ハルナ!」
なにやら様子がおかしい。
「させるか。脚禁止!」
脚が動かない。針で刺すことで行動を制限するのか。厄介な。
「ポコはこっちで保護した。ハルナ!」
「喰らえ!」
ぐっ。全身を電気が走ったらしい。気づいた時には身体中を電気が蝕んだ後だった。
「息絶えろ!」
一言放つと、分厚い辞書を頭めがけて落としてくる。
「ハルナ!」
残雪が刀を投げて辞書の軌道をそらす。軌道はそれたものの、右腕に直撃した辞書はそのまま右腕をえぐりとる。そして足元に刀が落ちる。右腕が無い。これは最大のピンチである。。しかし最大のチャンスでもある。なぜなら……。体に力を入れ、霊力を集中させる。体の周りを烏の羽が舞い、旋風が巻き起こる。残雪、この刀、借りるぞ。刀、どうみても短剣であるが、を取り、構える。
「流石というべきか、呆れたというべきか」
「流石、と言っておかないと後で蹴られますよ」
あたしの手には何故刀が握られている。
「そういうことか。まったく、最高の舞台に最高の小道具を用意するじゃないか」
刀を片手に立ち上がる。あたしの霊力に対してこの短剣は反応し、本来の姿を見せたのだろう。たしかに、彼の言う通り、本来の姿は美しい刀だ。さて、爺さんよ。終局だ。この旋風がある今、あたしには針なんざ小細工、効きはしない。霊力を限界まで注ぎ、ぶっ放す!
「くそっ」
じいさんの前に辞書から出てくる言葉が集まる。護りを固めたつもりらしい。更にその前に辞書を盾に護りを固めたつもりのようだ。そんな小細工、まとめて消しとばしてやる。刀が放った一撃はすべてを消し飛ばし、じいさんにもかなり深く刺さった。しかしなんとか一命は取り留めたようだ。残念ながらチェックメイトだ。じいさんの首に刀を貫かせた。
8
「ありがとう、ハルナ」
あたしは気まぐれで来ただけだ。礼をもらうほどのことじゃない。
「十分助かった。俺一人じゃ無理だったよ。そうだ、これ、やるよ」
そういい、彼は刀をあたしによこす。
「もう俺にはいらないからな。魂喰、大事にしてくれよ。お前にはこれから先、必要になると思うんだ」
「たまくらい? 漢字は……。魂に喰らう? すごい読み方だな。ありがとう。貰っておくよ」
「見ていた限りだと普段はそのサイズでハルナがピンチになるか、衝撃波を放つと本来の姿になるようですね。あの姿はかなり美しかったです」
「たしかに。並の刀とは違う存在感があったな」
「ま、そんなわけだ、俺は帰るよ。まさか親父と決別できるとは思ってなかったから嫁さんも喜ぶよ」
「ははっ。そうだな。これでハッピーエンドか?」
「そうですね」
三人で笑う。
残雪の別れの一言でそれぞれあるべき場所へ帰る。
風が、なびいた気がした。