重箱の隅をつつく話

重箱の隅をつつくとは、どうでもいいような細かいことばかり取り上げて、口うるさく言うことのたとえ。

故事ことわざ辞典よりhttp://kotowaza-allguide.com/si/jyuubakonosumitsutsuku.html

あまりいい意味で使われない言葉かもしれないが、重箱の隅を突くような議論は重要であると思っている。私は理論系の数学に片足を突っ込んだ研究室出身の院卒であるため、学生時代にラボのボスに口酸っぱく重箱の隅を突くような議論が重要である、と言われ続けてきたのだ。流石に3年も言われ続ければ私も人並みには厳密な議論ができるようになる。その成果を今日、発揮できたので3年間は無駄ではなかったなと思った。

抽象的すぎる話を続けるのもアレなので、重箱の隅をつつくような議論にどのような例があるのかを書いてみようと思う。

まずは簡単なジャブから。2019年の和暦は平成である。これが正しいかどうか。平成に生きた我々ならこれが厳密には正解ではないことがすぐにわかるだろう。5月1日からは新元号なのだから。これの応用例で、もっと際どい例は1989年の和暦は平成である、である。1989年は7日だけ昭和64年で残りは平成である。

このように、どれだけ少数の例外であっても、例外があるのであれば議論しなければならない。その答えがどうなろうと、放り出してはならない。数学ならば証明できていない観点があれば証明は不完全になり価値は0になる。頑張ったで賞は存在しないのである。

逆に、それで本当に重箱の隅をつつき尽くせているのかと疑問になるような例も存在する。日本には髪の毛の本数が同じ、少なくとも2人の人間が存在する。いやいや、そんな、と思うかもしれないが、これは結構有名な話で、証明ができる。というか下手すると1行とか2行で証明できる。鳩ノ巣原理という有名な原理を使い、重箱の隅をすべて突くことができる。Wikipediaの記事が導入としてはとてもわかりやすいし、2017年1月の大人のピタゴラスイッチが非常にわかりやすく解説しているのでそちらを是非見て欲しい。

数学の話ばかりしてきたが、このような議論は数学以外でも重要になる。たとえば自販機でお金を入れる場所の機械を作ることになったとしよう。まずは基本となるお金、1円から1万円札までは認識して入れられるようにしないといけないだろう。次に気になるのは旧紙幣と旧硬貨だと思う。500円玉には銀のやつもあるし、夏目漱石の1000円札なんてのも今でもたまに見る。これらを入れられるようにするか拒否するかは自販機の裁定によるだろう。さらに考えていくとそれより前の紙幣も気になる。聖徳太子の100円紙幣とか。流石に拒否でいいと思うが、人を相手に渡せば今でも100円として使えるのは有名な話だろう。

さて、これで本当に終わりだろうか? いや、終わりではない。実は貨幣には例外が存在する。貨幣コレクターならばご存知かもしれないが、世の中には記念硬貨という物が存在する。2020年オリンピック記念硬貨なんてものもあったりする。新幹線開通50周年記念で地域ごとに異なるデザインの効果が作られたりもしているようだ。私も初めて知った。流石にこれらは機械で判断は難しいだろうし、やってるとキリがない。銀行のシステムでもない限り拒否しても誰も怒らないだろう。というかそんな大事なもん自販機に入れるな。

このように様々な場面で重箱の隅をつつくような議論は必要になってくると思う。システムであれ、ゲームでアレ、それでこそ日頃の友達と遊びに行くような計画であれ。こういう大事な議論をなんの抵抗もなくできるような、かっこいい理系出身社会人になりたいなと思ったという話。

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