眠りの姫に救いの未来を_エピソードN

1

 リリーちゃんが失踪して、ついに一週間が経った。携帯もメールも連絡がつかないし、家にも会社にも立ち寄った痕跡はないそうだ。友人の情報網を頼りになんとかこの建物に軟禁されているらしいとの情報まではたどり着いた。問題はその先である。この建物、妙にセキュリティが厳しい。正面玄関から入ろうにも入館証が必要で、裏口に回ろうにも、警備ロボットに追い掛け回される始末だ。

 足の速さには人並み以上の自信がある。身軽さもだ。しかしそれでも警備ロボットの目は潜り抜けられなかった。潜り抜けられないどころかそのまま警備ロボットの攻撃を受け怪我までしてしまう始末だ。

 結局今回も路地裏で応急処置をして撤収になりそうだ。そう思い、足の怪我の処理をしていると目の前に人の気配を感じた。ふっと目線を上げるとそこには女子高生が立っていた。

 なぜ女子高生だとわかったのかというと、着ている服が制服を彷彿とさせたからだ。灰色のブレザーにピンクのワイシャツ、赤いリボン、黒がベースのモノクロチェックのスカート。スカートの下にスパッツを履いていたことと、左手だけ茶色の手袋をしていたことだけに違和感を覚えたがまぁ誤差の範囲だろう。肩に烏を載せているが一般的な女子高生のファッションと言える。

 私に何か用だろうか。声をかけると彼女は妙に通りの良い声で答える。

「あぁ、これからあそこの建物に用があるんだ。その道中、お前がここで怪我の治療をしていたから見ていたというわけだ」

 彼女はあろうことか、私と同じ目標地点へ向かおうとしているらしい。思わず私は彼女にたずねる。

「しかしあのビルは妙にセキュリティが厳しい。君にあそこに入れる手段があるのかい?」

「あぁ、あるとも。警備ロボットのいない区画を飛んでいく」

 は? この子はなにを言っているのだろうか。飛ぶ?

「そう。飛ぶんだ。烏のように、ね」

 なるほどよくわからんがこの子には中に入る手段があるらしい。大げさなことを言ってはいるが、おそらくハングライダーか何かだろう。少なくとも私一人では入れなかった建物だ。この子にかけてみる価値は大いにあるだろう。

「君、あの建物に入るならば、私も一緒に連れて行ってくれないか? あの建物には私も用があるんだ」

「足手まといが増えるだけじゃないか。自分の足と相談してから発言したらどうだ」

「これでも私は身軽なんだぞ? 運動もできる。君の足手まといになるとは思わない」

「怪我はどうするんだ」

「気合い」

……これから行くところは遊園地とかサバイバルゲームか何かの会場じゃない。冗談抜きで生死に関わることも起こるかもしれない。それでもいいのか」

「消えた友達を助けるためなら、そのくらい厭わない」

「消えた友達……ね。なるほどこれも運命なのかもしれないな。わかった。行こう」

 そういいつつ彼女は私に金属バットを投げてよこす。どっからだしたんだ。

「自分の身を守るために、最低限そのくらいはあるといいだろう。その金属バットはかなりいい性能だ。お前なら使いこなせると思う」

 言われてみると、確かに軽い。使い心地はかなりよさそうだ。お礼を返す。

「ありがとう。私の名前はニア。貴女の名前は?」

「ハルナ。神城ハルナだ。ハルナでいい。それとこの肩の相棒が烏のポコだ。よろしく頼む」

 彼女が右手を差し伸べる。なんだ、案外礼儀のできる女子高生じゃないか。話し方からしてどっかのヤンキーかと思ったか、そういう話ではないらしい。彼女と握手をし、私たちは目的地へと向かうことにした。

2

 裏口付近のエリアについた。ここから先に進もうとすると警備ロボットに気づかれ警告され、さらに進もうとすると攻撃をされるという寸法だ。

「さて、ここから先に進む前にお前の怪我を治しておく必要があるな」

ハルナはそういうとわたしの前にしゃがみ込み、足に手を当てる。何か呟くと同時にわたしの足の傷は癒えていた。

「えっ……

 思わず声が漏れてしまったらしい。ハルナが解説をしてくれる。

「それは異界に伝わる医術のようなものだ。こちらの世界の医術よりはるかに優れていて、かじっただけのあたしでもこの程度の傷なら回復ができる」

 さて、行こうか、と彼女は立ち上がる。おそらく百七十cm近くあるだろう彼女が立ち上がるとどうあがいても私の身長では勝てないのが今になって悔しくなってくる。

 あたしの前に立て、とハルナが指示してくるのでそれに従う。ハルナの前に立つや否や彼女は私を抱え込む。なんだか丸め込まれているような気持ちになって悔しい。くだらないことを考えているうちに彼女は突然飛び上がった。そう、文字通り飛び上がったのである。大きな烏の羽で。その横を相棒と思われる烏が飛んでついてくる。

 そこのポコと力を共有することであたしは空を飛ぶんだ、などと後ろから解説する声が聞こえてくるが、こちらとしてはそれどころではない。なにせ人生で初めて、鳥人間擬によって空を飛んでいるのだから。生きた心地がしない。そのまま彼女は警備網を潜り抜け、裏口付近に着陸した。

 さて進むかと彼女が言う前に彼女が何者なのか気になった私は声をかける。

「私は通りすがりの死神さ。それ以上でもそれ以下でもない」

 とだけいうと先に進んでしまった。

3

 裏口の扉はロックがかかっていた。当たり前だ。これだけ警備網を敷いている建物なのだ。ここの扉にロックがかかっていなかったらそれこそ阿呆くさい。

 退がれ、というハルナの指示に従い私は一歩引く。何から何まで彼女の世話になりっぱなしである。

 すると彼女は何を思ったのか扉を蹴り壊した。

「この手に限る」

「いや、おかしい」

 横の烏もやれやれとつぶやき頭を抱えている。飼い主の方もこの世のものではないと思っていたが、やはり烏の方もか。

 しかしやはりというか、なんというか、その手は得策ではなかったと思う。轟音につられて館内の警備ロボットが集まってきてしまった。

「どうするのこれ?? 警備ロボットが集まってきたけど??」

 思わず叫ぶ。

「中央突破だ。そこの螺旋階段が最上階まで繋がっているはずだ。行くぞ」

 全く焦る仕草を見せない彼女の声に従う。

「ポコ!先に螺旋階段を登るんだ!どこにロボットの制御室があるか調べてくれ!」

「全く、人遣いが荒いんだから。わかりました。調べましょう。」

 烏が彼女の肩を離れ、螺旋階段の中央を先に登る。

「ニア!行くぞ!」

 なんでこんな大事にしちゃったんだこの人……

 彼女に続き階段を駆け上がる。下から警備ロボットが追いかけてくるが、ついに上からの増援にもぶつかった。

「蹴散らすぞ。構えろ」

 彼女の掛け声と共に金属バットを構える。彼女は自分の影から大きな鎌を引き抜き、体の後ろに逆手持ちで構える。でかい。よくみたら手袋をしてる左手で構えている。

 警備ロボットが戦闘態勢に入る。ハルナが先陣を切り警備ロボットに切り掛かる。それに続き私も金属バットで殴りかかる。ハルナの鎌は一体の警備ロボットを真っ二つにした。私はというと金属バットを振りかざしたのはいいが外した。慣れない。力任せに振り下ろすだけでは見切られてしまう。ならばこの金属バットの特性を活かそう。このバットは軽い。利き手だけで扱えるはずだ。右手にバットを持ち、左手による裏拳でロボットに殴り掛かる。外れる。それが狙いだ。ロボットが避けた先に金属バットを振りかざす。ロボットの脳天を貫き、機能を停止した。

 次のロボットが来る。先ほど機能を停止した塊にロボットめがけて蹴り飛ばす。よろめいたところに足払いをかます。ロボットが横転したところにフルスイングをかます。金属バットはハルナがとどめを刺そうとしていたうちの一体も巻き込みロボット達を大きく吹き飛ばす。

「なかなかやるじゃないか」

 ハルナが声をかけてくる。

「一応これでもひきこもりのゲーマーだけど、ジムに通って体を動かしてたからね。人並みには動けるよ」

「なるほどゲーマーのくせに体が自由に動かせるタイプの人間か。仲良くなれそうだ」

「お好みのゲームは?」

「アクション」

「いい酒が飲めそうだ」

 そうだな、と彼女はつぶやき前から突撃してきた最後のロボットを吹き飛ばし壊す。

「ニア!前に出ろ!後ろから追いかけてきたロボットを一網打尽にする」

 彼女はスカートの裏に隠してあったと思われる短剣を取り出す。右手に鞘を持ち、左手で柄を持つ。居合の構えだ。しかしその短剣でどうやって一網打尽にするのだろうか。

 接近してくるロボットの一瞬の隙を狙い彼女は居合斬りをかます。しかしその刃筋が捉えたのはロボットではなかったらしい。その周りの空間であった。集団で突撃してくるロボット相手に衝撃波を繰り出す。轟音と共に床諸共ロボットを粉砕した。

「わーお」

 思わず声が漏れた。あまりに現実離れしたその光景に。

 その時彼女の肩が揺れ、膝をつく。慌てて体を支える。苦笑いをしつつ彼女が大丈夫だと応えてくれる。

「久々にこの短剣の力を最大限に発揮したせいで予定より霊力を注ぎ込みすぎた」

 そういうと彼女は立ち上がる。ケロっとしているので、立ちくらみのような類の何かだったのだろう。

「行こう。後ろの階段は誰かさんが想定外の力で壊しちゃったし」

 ハルナに声をかけて先を急ぐ。無駄口のすぎる女だと漏らしつつハルナがついてくる。

 しばらく点々と襲ってくるロボットを蹴散らしつつ階段を登っていると、上の方からポコと呼ばれている烏が降りてきた。

「お二人さん。見つけました。制御室はこの上です。それにしてもハルナ、普段にも増して速いペースでついてきましたね」

「以前の探索以上かもしれない優秀な相方に恵まれたからな」

「一応優秀とは認められているのね」

 素人にしてはな、と付け加えるハルナ。

「制御装置を停止させればおそらく警備ロボットを止めることができるはずだ。あとは階段を適当に登っていれば頂上につくというわけだ」

「でも、ここら辺が最上階じゃないの? 私がこの建物の責任者なら制御装置は最上階に付けると思うんだけど」

「一理ありますね。しかしこの建物、もう少しだけ上に続いています。ここで制御装置を破壊する価値はあるかと思います」

ポコが続く。

「あと、ここに制御装置があるということは上で元締めを叩いている間に乱入される恐れもある。壊せるなら壊しておく意味はある」

「まぁ壊せるなら壊しておいて損はないか」

 そうと決まれば制御装置を破壊するまでだ。さっさと壊して最上階に向かおう。

 螺旋階段を少し上がると、確かに横に逸れる形で扉がある。ポコの情報によるとここが制御室らしい。行こうかというハルナの掛け声に合わせて私も続く。

4

 中に入ると機械だらけの部屋だった。前にもこんな部屋を見たことがあるなとハルナが呟く。

 私が遅れて入ると勝手に入口のドアが閉まる。そしてカチッと音がする。さらにドアの周りに謎の粘液が集まり、そして固形化した。

 なにこれ。

「流石に私もこのような仕掛けは見たことありませんね。ハルナ、見たことありますか」

「いや、この次元ではないな。この前行ったところではウーズだかスライムだかなんだか忘れたけどそんなやつならいたがな。流石にこんな金属みたいに変形するのは見たことがない。ニアが……見たことあるとは思えないな。この三人の中では一番常識人だしな」

「褒め言葉のつもり?」

「一応な」

 駄べりつつ三人で制御室の奥に向かう。おそらくそこにある機械たちが制御装置だろう。

 中央に到着したあたりで奥の機械のコアと思われる物が飛び出してくる。着地したかと思うと、コアは大量の粘液を吐き出し、形を作る。触手ができたかと思うとそのまま体が出来て……蛸になった。

「まったく、いい趣味ですね」

 ポコが呟く。ごもっともなつぶやきだと思う。

「コアです!おそらく頭にあるコアを破壊すればこの機械は止まるはず」

 ポコの声に合わせて金属バットを構える。ハルナはすでに鎌を回して戦闘態勢に入っている。

「とりあえずあたしが様子見で突撃する。支援を頼む」

 棍の如く鎌を振り回しつつ、弾丸の如く突撃する。触手を三本ほど薙ぎ払い、彼女が戻ってくる。彼女が戻ってきた頃には触手が復活していた。

「どうにも厄介そうだな」

 涼しげな顔でハルナが呟く。

「ニア、数十秒でいい。時間を稼いでくれないか」

 何かいい案が浮かんだらしい。首肯し、金属バットを構え直す。ハルナは自分の影に鎌を戻すと、私の影めがけて飛び込んだ。そう、飛び込んだのである。どうやら影に物をしまう能力ではなく、影に本人が入る能力だったようだ。

 さて、ハルナにしばらく時間を稼げと言われた。おそらくこの機械仕掛けの蛸のヘイトを集めるのも私の仕事なのだろう。構えた金属バットと共に一歩前に出る。ハルナを見失った蛸は私の方に向き直す。蛸と正面から対峙する。触手が四本こちらに襲いかかってくる。触手の間と間の絶妙な隙間を見つけそこに飛び込む。前転をし、立ち上がる。残りの触手がこちらにめがけて襲いかかってきたのでフルスイングで薙ぎはらう。攻撃を外して隙だらけの触手の一本をかかと落としで引き千切る。そろそろか。さきに薙ぎはらった四本が復活を始める。後ろに控える三本と同時に襲われると流石に対応できない。向こうもそれがわかっているようだ。全神経を集中して触手の攻撃に備える。一瞬の間が空く。ハルナ、そろそろ触手が来る。流石に持たない……

 そのとき、蛸の影からハルナが鎌を構えて飛び出す。私の影から蛸の影に入り込み、隙ができるのを待っていたようだ。鎌で脳天を真っ二つにする。コアが露出する。

 この絶好のチャンスを逃すわけにいかない。コアめがけてフルスイングの金属バットを投げ飛ばす。芯はコアを捉え、そのままコアを引きずり出す。止めにハルナがローファーのかかとで踏み潰す。ハルナに声をかける。

「ひとまずは落ち着いたのかな」

「さぁな。ここで復活して第二形態、がお約束だろう。ほらな」

 まったく余計なことは言うもんじゃない。潰されたコアは形を取り戻し、再び粘液を吐き出し始める。

「つぎにコアが露出した時に大ダメージを与えられれば機能停止に追い込めるかもしれません」

「それはあたしが一番苦手な作業だな」

 ハルナとポコが軽口を叩き合う。たしかにここまで見てて、ハルナが一発大ダメージを叩きだす技を一度しか見ていない。あの短剣から出した衝撃波のみだ。しかしあの技は見る限りハルナへの負担が大きそうだ。つまりそう何度は出せないのだろう。

「平たく言うと、お前のバットのフルスイングが一番負担をかけられるはずだ。こちらからも援護する。次のコア露出まで粘るぞ」

 粘液だけにってか。投げ飛ばした金属バットを拾いつつぼやく。

 コアの粘液放出が止まり、形が作られていく。次の形は……オオカミだろうか。大型のオオカミだ。しかし普通のオオカミとは違い、尻尾が大きく、刃物の形をしている。

「背後からの奇襲は対策済みというわけだ」

 そういうことなのだろう。正攻法で頭にあると思われるコアを叩きださなければならない。

 粘液が完全に形になり、オオカミが歯の音を鳴らす。金属を打ち鳴らす音が響き渡る。鋭利な尻尾を振り回し威嚇体制を整える。こちらも金属バットを構える。オオカミが一直線にこちらへ突撃してくる。ギリギリまで引き寄せて、避けつつフルスイングを顎へかます。が、相手の方が力が強かったらしい。さすがオオカミといったところか。関心をしつつ、壁際まで大きく吹き飛ばされる。ハルナが私の名前を叫ぶのが聞こえる。

「阿呆、無茶しやがって。体格差で不利な相手に無理なクロスカウンターは悪手だ」

 これでも結構鍛えてたからいけると思ったんだけどな……。ハルナが腕の痺れを治療してくれる。ありがとう。

「礼は後だ。立て。次が来るぞ」

 彼女の声に続き立ち上がる。オオカミはこちらまで間合いを詰めてきている。壁際にいる以上これ以上後ろはない。さてどうするか。

「埒があかないな。搦め手が通じないなら殴り合うしかないしな……ふむ」

 ピンチの割にいたって冷静な彼女である。するとハルナ、何を思ったのか、鎌を握り直し、正面から突撃し始めた。え?

「なに、こうなったらもうノーガードの殴り合いをするしかないなと」

 そういいつつ、ハルナ凄まじい勢いで鎌を振り回して攻撃している。鎌の軌道が見えないレベルである。……迂闊に近づけない。オオカミの方はというと彼女の猛攻に対して口では止められないと判断したようで尻尾の刃を使って弾き続けている。器用なやつだ。つまり今は尻尾に気を取られているということで……

 私はオオカミの正面に回り込み、顔と対峙する。表情のない顔がこちらを見る。こうなったらノーガードの殴り合いをするしかない、ねぇ。金属バットを握りなおす。そして私もオオカミの顔面めがけて走り出し、その顔面へ我武者羅に殴りかかった。それも何度も何度も。

 オオカミは器用に頭を振り避けているが、体力的な意味と集中力的な意味でたしかに消耗しているらしい。頭に直撃する回数が増えてきた。オオカミの限界が先か、私が先かの勝負だった。

 どうやら限界を先に迎えたのはオオカミの方らしい。ハルナの乱舞が尻尾の根元を捉え、尻尾を切り落としたのが見えた。今がチャンスだろう。金属バットを我武者羅に振り回すのを止め、脳天めがけて振り下ろす。金属バットの芯は脳天を捉え、そのままコアを引きずり出した。

「今だ!殴りかかれ!」

 ハルナは掛け声とともに影からベースを取り出し、音楽を奏でる。どこまでの器用なやつだ。その音楽を聴くと体の底から力が湧いてきた。その力に身を任せてフルスイングをコアにかます。

 けたましい轟音とともにコアは壁まで吹き飛ぶ。そのまま壁にめり込み、砕け散った。そして、この部屋の機能は停止した。

 コアの破壊と同時に入り口を塞いでいた金属も剥がれたようだ。外に出られるようになっていた。そのとき、ポコから声がかけられる。

「しかし、先ほどの機械はなんだったのでしょうか。機械というにはあまりに異質でした」

 ハルナが応える。

「あぁ、あたしも見たことがない。コアが形状を記憶して、それに合わせてまわりの粘液が形を作る。ふむ。聞いた記憶すらない」

 かと言って、私が何か知ってるわけでもない。残念ながら彼女たちの方が経験値も知識も上のはずだ。彼女たちが知らないならば私が知る由もない。つまり、上に進んで真相を確かめるしかない、と。

「そういうことになりそうだ。コアが取り込む情報が軟体生物と哺乳類。何が何だかさっぱりだ。ましてや人間なぞが取り込めてしまったら危険なことこの上ないだろう」

 ハルナが続けた。

 制御室を出て、さらに階段を登る。制御装置を破壊したおかげか道中で出会うロボットはすべて機能が停止していた。こちらのロボットはロボットのまま機能を停止しているので先ほど制御室で 出会った謎のゲル状機械ではなさそうだった。

 せっかく暇だったので思い切ってハルナに聞いてみた。

「ねぇハルナ、その服装なんだけど、動きにくくないの?」

「この制服か? 死神になった時以来基本的にこの服装だからな。慣れた」

「慣れるってあんた」

「それに、せっかくこの姿のまま変わらなくなったんだ。永遠に女子高生気分ってのも悪くなかろう? 仕事でスーツに変えることもあるがそれはそれだ。基本的にスカートで動き回ってるからもう慣れたよ」

「ある一件以来ちゃんとスパッツを履くようになりましたけどね」

 肩の上のポコが横から余計な一言を挟む。やっぱり余計だったのか、やかましいわの一言と共にハルナに殴られてた。

「お前はジャージにパーカーと、ちゃんと動きやすそうな服装だな。フードまでかぶってるのはこだわりか?」

 逆にハルナに聞かれる。

「パーカーとフードにはうるさいからね」

「パーカーだと胸の小ささは誤魔化せないけどな」

 この二人は余計な一言を言わないと気が済まない種族か何かなのだろうか。

5

 ついに階段を登りきった。階段の先には一つの扉があった。この扉の先に何かがいるのだろうか。それともまだ何かが続いているのだろうか。

 残念ながら答えは後者だったようだ。扉の先は仕立屋の裏方のような、何かだった。なんだこれ。

「このタイミングで服屋か。全くもって意味がわからんな」

ごもっともすぎる。こんな高いところ、かつ、厳重な建物に仕立屋か。しかも街角にありそうな小さい仕立屋のような構造になっている。

 仕方がないので探索をする。裏方には本当に服しかなかった。表に回る。接客用の机があり、それを堺に客側と店側が分かれているようだ。店側には布の入っているタンスとミシン、客側は無駄にスペースがあったが、特に何もなく、外に出るための扉には鍵がかかっていた。その時ポコが何かを見つけたようでこちらに声をかけてくる。

「見てくださいこの人形。すごい美しいとは思いませんか。何故服を着せてもらえていないのかはわかりませんが」

「ふむ。たしかにあたしに匹敵するレベルかもしれんな」

 なにこの女子高生怖い。それよりもだ。

「その人形、私の知り合いにそっくりなんだよね。趣味が悪い」

 服を着てないのが尚更だった。

「ふむ。なら私がこの人形に合うように服を作りましょうか」

 ポコが名乗り出る。この烏、あろうことが裁縫ができるのか。

「えぇ、ハルナに出会う前から人間のやることには興味があったのでね。このハットも先日あった男性の帽子を真似て自分で作ったのです」

 妙に誇らしげに言う目の前の烏。

「あぁ、頼むよ。ポコ。その人形以外この部屋にはもう探索する場所がないんだ。もしかしたらそれが鍵かもしれないしな」

 ハルナも続く。まわりの監視をするからニアはポコのことを頼むというとハルナは少し離れて周りの監視を始めた。私もポコの近くに寄る。

 この烏、羽と足で器用に編んでやがる。しかもたまに自分の羽を使いつつだ。せっせこせっせこ服を作る烏を見てるとなんだか微笑ましくなってきた。

 しかし暇は暇だ。本人のイメージと服の形が一致し始めて余裕がではじめた頃、ポコに声をかける。

「ねぇ、ポコとやら。君、ハルナと結構長い付き合いなの?」

「えぇ、貴女が想像している以上に長い付き合いですよ。おそらく三百年とかそこらの付き合いです」

……流石に三桁いってるとは思わなかった」

「まぁそれが正しいリアクションだと思います。普通に生きている動物だと数百年生きる動物がすでに珍しいですからね。私もハルナの眷属になって長いですが、彼女に出会うまではこのような生活は想像もできませんでした」

「彼女に会うまで、ってことは元は普通の烏だったのか」

「えぇ。私は元々普通、ではありませんでしたが、一応普通の烏でした。普通ではない、とは、興味関心が普通ではなかった、ということですね。昔からひとに興味があったんですよ。だからせっせとゴミを漁っては辞書を探しては言葉を覚えて、人の行動を調べて、人の言葉を覚えて。そんなことをしていたんです」

「それだけ聞いてると本当にただの変人ね」

「その通り。しかしそれのおかげで私の群れはある問題を切り抜けた。その途中で私は命を落としましたがね」

「ん? てことはハルナと出会ったのは死後?」

「正確には死亡直前ですね。せっかく死ぬのだから、この女にかけてみようかと思ったのです。妙なことを言っているが、死ぬなら変わらないと、ね。その結果、このように人の言葉を話せるようになりました。感謝するべきなのかもしれませんね」

「君、意外と思い過去があるのな。今度聞かせてよ」

「今度の機会があれば、ですけどね」

 たしかに、また会える保証もないし、ね。

 その時ハルナが小走りでこちらにやってくる。

「ニア、かまえろ。裏方と入り口の二箇所で謎の機械が現れ起動を始めた。ポコの服作りの進行に合わせて出てきたからおそらく服が鍵だったのは間違いない。しかし機械に殺されては意味がない。ポコをかばうように机を二人で守るぞ」

 彼女の説明を受け、立ち上がり金属バットをかまえる。たしかに入り口にガトリング銃のような謎の装置が発生している。私は入り口側に構え、ハルナは裏方側にかまえる。ガトリング銃の銃口が回り始める。おそらく何かしらが発射されるのだろう。先のハルナのように金属バットを振り回して出てくる弾を跳ね返す準備をする。跳ね返しやすいものが射出するされるといいのだが。ハルナはベースを構えていたが、ふと思い出したように鎌に変える。

 ガトリング銃の銃口から出てきたのは大量の裁断鋏だった。予期せぬ凶器だが、それでも銃弾よりマシだろう。幾分か対象が大きい。金属バットで撃ち墜とし始める。

 しばらく撃ち墜としてそろそろ終わるかと、その時、油断した。撃ち漏らした裁断鋏がパーカーの両腕と両脇下に刺さった。そのままパーカーごと私が中央の台に磔られてしまう。

「しまった」

 動けない。腕が動かせない。鋏が抜けない。ガトリング銃は再び鋏を撃ち出す準備を始める。

「ちっ。ポコ、すまないが後は頼む」

 ハルナが叫ぶ。鎌を投げるような音がした後、台を飛び越えハルナがこちらに着地する。私の腕を拘束している鋏を引き抜く。その後私とポコを抱え込み、ガトリング銃に背を向ける。

「ちょ、ハルナ」

 思わず呟く。

「一発当たっても、怒るなよ?」

 ニヤッと笑う。違う、そうじゃない。ガトリング銃は無慈悲にも大量の裁断鋏を撃ち始める。一部はハルナに刺さり、一部は台に刺さる。そして、攻撃が終わると、ハルナは倒れこむ。

「ニア、いまです。ガトリング銃を金属バットで壊してください」

 ポコの叫びを聞き我に返る。そして金属バットをフルスイングで投げつける。ガトリング銃は銃口を大きく曲げ、機能を停止した。

……ハルナ!ハルナ!」

 ガトリング銃の機能停止を確認した後、ハルナに駆け寄る。そして肩を揺すって確認する。

……あぁ、一応、生きてるよ。激痛が背中に走ってるけどな」

 背中の鋏を抜きつつ、ハルナは返す。背中の鋏は大きく刺さっていた割に、抜いても彼女の体から血が出ることはなかった。そういう体なのだろう。抜くと同時に傷口がふさがり、ついでにブレザーも修復される。

「流石に修復に刀に霊力を使いすぎた。すまない。五分でいい。寝かせてくれ」

 そういうと、ハルナは鋏が刺さっていない台を壁に眠りだす。いままで見せたことがないような穏やかな寝顔だった。

「こいつ、こんな顔もできるんだね」

「えぇ。寝てる時にしか見せませんがね」

「寝ると霊力とやらが回復するのか」

「そうですね。彼女の力の源ですからね。霊力は」

「なるほど。しかしなんというか、クールなんだか、お人好しなんだか、わからないねこの人は」

「私もたまにわからなくなります。ただのお人好しだとは思いますよ」

「そうね、この馬鹿は」

 ポコと談笑をしていると、五分後、ハルナが目を覚ました。

「すまない。流石に無茶をした」

「流石に串刺しにされに行くとは思ってもみませんでした。しかしあの場面だとあれが正解ですかね」

 そうなのだろうか。ベースを一瞬だけ構えた理由が気になったので尋ねてみる。

「ベースの曲にバリアを張る曲があるんだ。でもバリアを張った場合、鋏の大きさの関係で弾いた鋏がどこに飛ぶかがわからなかった。壁ならいいがお前やポコに刺さると流石にまずいと思ってな」

 と答えてくれた。……全くこのお人好しは。

6

 鋏の襲撃も終わり、ポコの服作りが再開される。一応警戒はしていたが、これ以上何かが起こることもなかった。

「できました」

 自信に満ちた声でポコが言う。その服はかなりの自信作だったのだろう。本人の力説通りかなりの作品だった。

 黒を基調としたゴシック風ドレスである。その黒は烏の濡れ羽色と形容するに相応しい美しさである。その色に応えるかのように、烏の羽があちこちに施されている。気合いを入れすぎたのか、本人の趣味なのか、靴までこの調子の美しさである。素直に凄いと思った。

「ポコ、あんたすごいね。こんなの作れるなんて」

「それほどでもありません。長年の練習の成果です」

 頭の帽子を少し深くかぶり直し返事をするその姿はまるで老紳士の仕立屋のような貫禄があった。

「ハルナも何か作って貰えばいいのに」

 思わずぼやく。

「あたしか? あたしはスーツとかなら作ってもらったよ。というかこいつの服以外あたしの体の特性についてこないから必然的に頼むことになる」

 そうじゃなくて。

「ドレスとか、可愛い服を、作って貰えばいいんじゃないかなと思うの」

 そんなハルナの姿を想像したらニヤニヤしてしまうのは正直私だと思う。

「うーむ……まぁ、考えておくよ」

「ドレスが必要になる機会があれば腕にものをかけて作りましょう」

 完成披露会には私も誘ってくれ。眼福成分補充のために、ね。

 そんな雑談を繰り広げているうちに入り口付近、先ほど私がガトリング銃を始末した方向だ、の扉が開いていた。やはりこの服がトリガーだったのだろうか。

「行こう、ハルナ。先に進もう」

 先に進もうとする私にハルナがブレザーを投げてよこす。

「お前、人の服装を気にする前に自分の服装を気にしたらどうだ。パーカーがボロボロじゃないか。とりあえず出るまでそれ貸してやるから」

「あ、ありがとう」

 お礼を言うが、それ以上に、ブレザーを脱ぐと違和感を感じる。彼女の左腕だ。手袋をつけている手首より先はまだしも、二の腕あたりから手首あたりまでが妙に細い。

「ハルナ、その左腕なんだけど」

 あぁ、これか、と彼女が手首のワイシャツをまくる。思わず悲鳴をあげる。ワイシャツの下から出てきたのはなんと骨だった。肉が付いていない。

「この調子で二の腕から指先までは骨だけなんだ。普段はブレザーやらジャケットやらでごまかしてはいるが、やはり薄着になると誤魔化しが効かないなるな」

「利き腕、左手よね」

 彼女の鎌の構え方でそうだろうと思っていた。てっきり左手保護のための手袋か何かかと思っていたが違ったようだ。

「そうだよ。たまにこんな左腕で不便だなって思うこともあるけどもう慣れたよ」

 乾いた笑いとともに彼女が言う。そんなことより、とハルナは続ける。

「ニア、そのブレザー、サイズは合うか? 身長も胸囲もあたしの方が大きいわけだし」

 少しでも心配した私が馬鹿だったらしい。

7

 三人で扉の先を行く。扉の先は一本道の廊下だった。道なりに進む。しばらく進むとゴールが見えてきた。円形の小広場で一つだけ扉がある。上は吹き抜けになっていて、意味もなく高い。頂上はガラス状なのか、明るい日差しが下まで降りてきている。調べるものとしたらこの扉くらいしかない。ハルナと扉を調べる。扉は施錠されておりあかない。蹴り壊すのかと思ったが、ハルナは何かひらめいたらしい。

「これが残雪が言っていた施錠された扉か」

 彼女の依頼主のことだろうか。よくわからないが、ハルナにはわかったらしい。自分の影からアタッシュケースを取り出し、開く。中を覗くと意味不明な機械がたくさん入っている。

「今回の仕事の依頼主が、最後の扉はこの機械で開くはずだと言っていたんだ。この機械仕掛けの扉を見ておそらくこれだろうと思ったわけだ」

 なるほどたしかに、この扉だと思う。登ってきた階数的にも、この吹き抜け的にも、この階が最上階だと思う。そうなると廊下を抜けた先、ここが最後の扉だと考えるのは普通のことだと思う。

 ハルナはテキパキと機械を設置し、扉の解鍵を試みる。少し時間はかかりそうだが、なんとかなりそうだ、と彼女は言う。よっこいしょと柄にもない掛け声をかけつつハルナは腰掛ける。ポコも少し離れたところで羽の手入れをはじめた。どうやら解鍵が終わるまで暇らしい。私も彼女の横に腰掛ける。そしておもむろに声をかける。

「なんか、ありがとうね。無理矢理ついてきてもらって」

「ん? あぁ、いいよ。どうせここまで来る必要はあった。路地裏でお前を見つけた時、ここに来ることを話せば多分ついてくるだろうと思ったし、ここまでついてこられるだろう、とも思ってた」

「なんで、そんなこと」

「見てたんだ。毎日真剣な顔をしながらここに侵入しようとするお前の姿を。それで興味がわいたからしばらく様子を見ていた」

「興味って」

「単純に、人間のわりにはよく頑張ってるなって思ったのが一つ。そしてもう一つが、友のためにそこまで全力を尽くそうとするお前の姿が気に入った、からだ」

「ふーん」

 なんだ、全部見られてたのか。それで、戦力増強も兼ねて声をかけた、と。

「こういう立場になるといろんな人間を、いろんな世界で見てきた。ついこの前も、下見も兼ねて剣と魔法が支配するという世界に行ってきたんだ。この世界の科学が魔法ならば、向こうの科学は魔法だ。そんな世界でも、やはりそこまで全力になれない人間はいる。そんな中、誰にも見られないところで、途方もない努力をして、ここに挑もうとするお前の姿は、うむ、あたしには美しく映った。あたし自身たいした努力をせずなんでもそれなりにできてしまう人間だ。だからこそ、そういう風に努力することが苦手でな。頑張れる人を見るのが好きなんだ」

 柄にないなこんなこと、と彼女が笑う。私も返す。

「でも、君にも人を思いやる心がある。何度もピンチの私を助けてくれた。体を張ってくれた。あれがなかったら、私は多分ここまで来られなかった。君のおかげ。ありがとう、ハルナ」

 彼女は、お人よしすぎるのだ。そして、多分熱血漢体質なのだろう。眉間に皺を寄せつつ、ハルナはバツの悪そうな顔をする。ポコが助け舟を出す。

「彼女はいつもは目立たないところで仕事をしているんです。だからこうして面と向かってお礼を言われるのに慣れてないのです。この前もさきほど名前の出ていた世界で1人の少女を助けた時にも、そんな態度を取っていましたから」

 やかましいわ、あいつは金髪ポニテで巨乳だから助けただけだ、と反抗期の少年のように駄々をこねるハルナであった。

 そういえば、と私はハルナに声をかける。

「私をずっと見ていたということは、私がここに来た目的は知ってるの?」

「あぁ、中に捉えられているリリーという人間を救い出すことだろう?」

「その通りなんだけど。そうなるとハルナ、貴女の目的は?」

 この期に及んで実は彼女の目的を聞いていなかった。自分勝手に彼女を自分の目的に引き込んでしまったことを再度認識する。

「この先にいる、教授という人間を殺害することだ。それが依頼主の仕事内容であり、できれば中に捉えられている、教授によって拉致された人質も開放してくれ、とのことだ。おそらくそれがリリーだろう」

 つまり。

「ニア、おまえと目的はほぼ同じだ。ただしここまできたんだ。あたしの我儘も聞いてもらうぞ。あたしはこの先にいる教授を殺す。手伝ってくれ。そしておそらく、それがリリーを助けるための最善策だとあたしは思っている」

 わかった、ここまで協力してもらったんだ。わたしだけ我儘を言って終わり、は虫がよすぎる。手伝うよ。

 ハルナのことだ、ここまで計算に入れてわたしに声をかけたのかも。

しばらく無言の時間が続く。ハルナはボケっと欠伸をしつつ座っている。そんな彼女の姿を見ていると、ふっと、うなじに目がいった。妙に綺麗に整えられた髪の毛と首である。彼女の発言から察するに、これも生まれつきなのかもしれない。なんか癪に障ったので、うなじに手を伸ばし、うなじを触りつつ髪の毛に触れてみた。やめろ、と言われるかと思っていたのだが、意外や意外、ハルナはきゃっとまるで女の子のような声を出し、震えていた。……もしかして。

「ハルナ、あんたってくすぐったいの、苦手?」

 ぷるぷる震える彼女を見るとどうやらそれが正解らしいことがわかる。……なるほど? これはいいことを知った。ここを脱出した暁には彼女をくすぐりにくすぐって胸でも揉んでやろう。私より大きいことを散々自慢してたし。

 そんなこんなでハルナといちゃこらしてるとピーッと音がした。ハルナが機械に近づき、確認をする。どうやら解鍵が終わったらしい。仕事モードに戻ったらしいハルナがこちらを向く。

「ニア、この先に教授がいるだろう。最後の戦いはこの先にある。覚悟はいいか」

「うん、わたしは大丈夫」

 ポコもハルナの肩に乗り、相槌を打つ。

「さきほどの制御室で見た粘液を帯びたコア、あの正体もこの先でわかるかもしれない。その場合相当過酷な戦いになるだろう。行くぞ」

 ハルナが扉を開ける。

 リリーちゃんを助けるために、そして、ハルナの仕事を終わらせていちゃこらするために。わたしもハルナに続いた。

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