古びた遊具に悲しき思念を

1

 久々にこの世界に戻ってきた。別の仕事が忙しく、顔を出す余裕すらなかった。特に呼び出されるような案件もなかったようだが、この世界はどうにも定期的に顔を出さないと心配になって仕方ない。地に足をつけ、現在地を確認する。あたしの予定ではいつもの高層ビルの屋上に着くはずだったのだが、どうも予定通りにはいかなかったらしい。右肩に止まる相棒も何か違和感を感じたらしく、声をかけて来る。

「ハルナ、この異様な雰囲気は一体何でしょうか? それに、ここは?」

「あたしの目に狂いがなければ、廃れた遊園地に見えるが、さぁお前はどうだ、ポコ」

「奇遇ですね、私もここが遊園地の類だと思っていました。しかし、いくら逢魔時とは言え、ここまで暗いものですか?」

「いや、もう少し日の光を感じるはずだが」

入場口と思われる、正面ゲートの奥に見える観覧車を照らす光は逢魔時だということを考えてもあまりに暗く、頼りないものであった。ここはどこだ?

「ポコ、ここはいつもの場所なのか?」

「はい、そうだと思いますが、一応空から確認しましょう」

 そう言うと、彼は空高く舞い上がる。その様子を下から眺める。こちらも辺りを見回すが、見慣れない光景ばかりで、どうにも地上から見るだけでは何も分かりそうにはなかった。そうこうしていると、空からポコが戻って来る。

「遠くに残雪達の拠点が見えました。その奥にあるリリーが勤めている会社の影も見えました。おそらくちゃんといつもの世界に辿り着いています。少しだけ転移先が北にズレたようですね。初めてですね、このように転移先がズレるのは。何かあったのでしょうか?」

「久々にこの世界に戻ってきたというのに、早々トラブルに巻き込まれてしまったようだな。この場所に転移したということは、おそらく何か意味があるのだろう。残雪の所に顔を出して、態勢を整えてからもう一度調査をしに来よう」

 そう言い、遊園地を後にしようと歩き出す。少し歩くとガツンと見えない壁にぶつかった。いてぇ。

「なんだ? 結界か?」

「かもしれませんね。この壁がある以上外には出られません。この壁を調べましょう。超えられないと分かればこのまま遊園地の調査に向かうしかないでしょう」

 そうだな、と声をかけつつ壁を調べる。触ってみてもそこには冷たい壁があるだけで何かが反応するわけでもない。試しに蹴り飛ばしてみたが、ヒビが入る気配もない。ならばと鎌、金属バット、ベース、各種属性の魔法、魂喰の衝撃波、といろいろ繰り出して破壊を試みたが、どうにも壊れる気配もない。ポコの方が遊園地の周りを一周回ってきたようだが、ぐるりと一周壁ができているようだ。ラナンのいる世界への転移も考えたが、転移自体が封じられている。つまり、この遊園地の謎を解かなければこの謎の空間からは出られないというわけだ。

「ふむ、どうやらここに転移させられた挙句、出るためにこの壁をなくさなければならないときた」

「そうですね。まずは遊園地の中を探索しましょう。ここに転移させられた以上、この中に答えがあるはずです。その答えを見つけ出しましょう。なに、いつものことではありませんか。私達ならなんとかなります」

「まぁ、そうだな」

 肩の相棒と共に雑談をしつつ、ゲートをくぐる。入場料を払っていないが、招待制のこの遊園地に入場料もへったくれもないだろう。

 入場ゲートをくぐる。ようこそ! と様々な言語で歓迎を受ける。外国からの客も取り入れようと躍起になるのはいいが、一見さんお断りのこの遊園地に果たしてこのアナウンスはどれほどの意味があるのか。ゲートを抜け、真っ先に目に入ったのは豪華な装飾のメリーゴーランドであった。入場ゲートの目と鼻の先にメリーゴーランドがあるということは、ポコの報告通り、あまり大きい遊園地ではないのだろうか。ゲート近くに置いてあるパンフレットを手に取り、中身の概観を把握する。外周を囲むようにジェットコースターが走っており、右手には大きなお化け屋敷と思わしき建物がある。ゲートの外から見えた観覧車は左奥に居座っているらしい。観覧車の手前には売店とコーヒーカップがあった。先程から異様な雰囲気を放っている左手の子供遊園はゲートのすぐ近くにある。

「さてハルナ、どこから探索をしていきましょうか? 時計回りに一周回るのか、反時計回りに一周回るのか」

「とりあえず、反時計回りに行こうか。左手にある子供遊園は最後まで探索したくない」

「貴女にしては珍しく弱気ですね。私はああいう怖い雰囲気を放つ場所は最初に探索してしまいたいと思ったりもしますが」

「修羅場が想定される場所は最後に行かないとイベントが発生しないのが所謂お約束というやつだろう? ほら、メリーゴーランドを見てお化け屋敷を覗きに行くぞ」

そういいつつ、渋る彼を放置し、メリーゴーランドへ向かう。

 メリーゴーランドについた。中に入る扉には鍵がかかっていた。鍵は三つついており、これらを解錠しないと中に入れそうにない。

「三つ、ということは鍵のあるアトラクションとないらアトラクションがあるようですね。つまり鍵のあるアトラクションを回り、鍵を回収しなければならない、ということでしょうか」

「そういうこと、だな」

 よくあるホラー探索ゲームならそれがお約束だろう。しかし本当にそうだろうか。鍵の色とパンフレットを見る。青、緑、黒と、パンフレットのアトラクション紹介ページの色と鍵の色が一致している。これは決まりだろう。

「鍵の色とパンフレットの枠の色が同じだ。おそらく、色に対応した鍵を見つけてこい、という話だ。お前の予想通りだ、ポコ。このままお化け屋敷に向かおう」

「そうですね」

 余計なものが出ないといいですが、と続けるポコ。死神とその眷属である以上、あたしたちの方がよっぽどその余計なものに近いと思うがな。

2

 お化け屋敷の前に着く。見た目は、どちらかというと遊園地に近いお化け屋敷であった。遊園地の中で遊園地に近いお化け屋敷を体験できるとはこれはいかに。今の遊園地の方がよっぽどお化け屋敷してるだろう。

 入口の門をくぐる。周りの禍々しい雰囲気がより強くなる。やはりここも普通のお化け屋敷ではないのだろう。

「何かピリピリとした視線を感じるな」

「えぇ、そうですね。視線の数や禍々しい雰囲気、そして遊園地という舞台設定。以上から推測するにアニマトロニクスが襲ってきそうな気がしますね」

「愉快なロボットに襲われてはとても愉快な気持ちになれないな。気をつけて進むぞ」

「はい、私も羽を齧られて死ぬのは御免ですからね」

「気の利いた冗談だな」

 いつもの軽い会話をしつつ奥へ進む。まだ何も出てこない。うねうねと何度か曲がった時であった。大音量と共に犬のようなアニマトロニクスが大きな口を開けてこちらへ襲いかかってきた。肩の上のポコから振動が伝わってくる。こいつは本当に驚かされるのが苦手だな。動けないポコに代わりアニマトロニクスから距離をとる。口の中は幾多ものワイヤーが張り巡らされており、噛み付かれては堪ったものではないだろう。

「走るぞ!」

 肩の上のポコに合図を送り、姿勢を低くし、アニマトロニクスの脇を抜ける。後ろから奇怪な叫び声をあげつつ、機械の体は追いかけてくる。ポコが落ちないようにそのまま走り続ける。全力で走れば問題なく逃げ切れるような相手ではあるが、肩の相棒がこの調子なので流石に全力で走るわけにいかないだろう。犬のアニマトロニクスにばかり気を取られていたが、正面では兎のアニマトロニクスが口を大きく開けて両手を広げて待ち構えていた。横に飛び跳ね、なんとか兎の抱擁を避ける。ポコを影の中にしまうことができれば話は早いが、その一瞬の隙すら今は惜しい。前方に兎。後方に犬。さぁどうする。

 先に動いたのは後ろの犬だった。大きく口を開けてこちらに突撃してくる。肩の上のポコを抱きかかえ、そのまま跳躍する。犬の頭頂部に着地し、続けて前から突撃してきた兎の頭頂部に着地し、そのまま兎と距離を取りつつ、兎の後ろへ跳躍する。なんとか包囲網は抜けた。このまま逃げつつ順路を進むべきだろう。動けるようになった相棒を肩に戻し、全力で走り抜ける。

 犬と兎から大きく距離を離しつつ走り抜ける。ゴールと思われる扉が見えてくる。あと少しで扉、というタイミングで扉を防ぐように熊のアニマトロニクスが降ってきた。

「くそっ。あと少しだったのに」

「落ち着きましょう。後ろから犬と兎も来ます」

「そうだな。とりあえず偵察を出そう」

 ポケットから一枚のカードを取り出し、元来た道の方へ投げる。投げたカードは烏の形となり、入り口を眺め続ける。これでとりあえず犬と兎から奇襲されることはないだろう。ガチガチ音を鳴らしつつ、熊がこちらににじり寄ってくる。同じ間隔で距離を取る。このままでは拉致があかない。脇を抜けるか、それとも……

「ハルナ! 上です!」

 ポコの呼びかけで上を見る。照明。なるほど、照明か。ポケットからもう一枚カードを取り出し、照明を固定する金具めがけ投げる。照明が熊めがけて落ちる。今がチャンスだろう。脇を抜けるべく走り出す。しかし、熊は自分が潰れることも御構い無しにあたしの脚を掴んできた。時を同じくして偵察の烏が鳴きながらこちらに戻ってくる。犬と兎が追いついてきたようだ。くそっ。時間がない。脚を掴む力は思いの外強く、あたしの腕力では振り解けそうにない。魔法か魂喰か。

 犬と兎の影が見えてきた。時間がない。消費は荒いが、魔法で全員薙ぎ払った方が早いだろう。

「冷たき遺志よ、今、吹き荒ぶ嵐となり、現世に轟け! 疾れ! アサルトブリザード!」

 足元から暴風雪が巻き起こる。そのまま熊、犬、兎と順に巻き込むように暴風雪は大きくなる。脚を掴む力が弱まった。今のうちだろう。振りほどき、出口の方へ走り出す。

 三体のアニマトロニクスの猛攻を凌ぎきった。出口の扉を閉める。これでしばらく心配ないだろう。扉の先は遊園地の退園ゲートのような構造だった。ここのどこかに鍵があるのだろう。鍵を探す。ゲートの裏に小さな箱があり、どうやらこの中に鍵が入れられているようだ。箱を開け、鍵を手に取る。その時だった。何かの記憶が頭に入り込んでくる。

「今日もママ、こないね。ねーねー、クマさん、ウサギさん、ライオンさん、ママはいつ来るの?」

「あ、おねーさん! ママはいつお見舞いに来るの?」

「明日には来るって連絡があったよ。明日までの辛抱だね」

「うん!」

「よし! それじゃ、お姉さんとお人形さんで遊ぼう!」

「おねーさんはライオンさんのお人形ね!」

……ハルナ!ハルナ!」

 ……今のは?

「ハルナ!しっかりしてください。鍵を取ったと思ったら突然ぼんやりし始めて」

「あぁ、すまない。突然頭に誰かの記憶が流れてきてな」

 一瞬の記憶ではあったが、確実に流れてきた、その光景をポコに伝える。

「ふむ、鍵を取った瞬間にハルナの記憶に流れ込んできたのが気になりますね。この施設にハルナを呼んだ何者かと関係があるのでしょうか」

「あるはずなんだけどな。あたしの記憶ではあのような記憶もない。しかしここで意味もなくあのような記憶が頭に入って来るわけがないだろう」

 考えていても仕方なさそうだ。次に行こうとポコに提案し、ゲートをくぐり外に出る。

3

 ゲートをくぐり、遊園地へ戻る。このままジェットコースターの方へ行こうか。ジェットコースターのゲートをくぐる。乗り場から少し乗り出した、レールの上に鍵が宙づりになって放置されていた。これを掴んで引き剥がせばここは終わりか。

 近づいて鍵に触れようとしたその瞬間。レールの奥から異様な気配が発せられる。何事だ? 奥から勢いよく走ってきたのは蛇のような頭の怪物だった。そのまま鍵を掠め取り、レールを走り始める。

「とんだ刺客だな。追いかけるぞ、ポコ」

「走ってですか? いくら貴女とはいえ無茶です」

 ポコに止められる。なら飛ぶか。そんなことを考えていると、後ろからジェットコースターがやってくる。なるほど、これに乗れということだろう。乗り込むと動き始める。最初にエネルギーを溜め込むために上昇を始めるが……

「ポコ! 最初の下りの途中でレールが切れてる! 飛ぶぞ!」

 ガガガガと大きな音を立てつつ、ジェットコースターが進む。しかしその先に道はない。思わず大きな声で肩の上の相棒に声をかけてしまったが、この距離なら普通に話せば届く距離だった気もする。

「えぇ! それしかないでしょう! 完全同調してから飛びますか?」

「いや、空ならお前がいた方がいい! 普通に飛ぶぞ!」

 ジェットコースターが頂上にたどり着く。影から鎌を抜き、羽根を生やす。下り始める。最も勢いがついたところで飛び立つ。勢いを保ちつつ、怪物の行方を探すと、奴は観覧車の中の線路を進んでいた。そのまま線路を無視して怪物めがけ直進する。怪物めがけ鎌を振り下ろすが、器用に線路の上で鎌を避ける。

「どうにも空中戦は慣れないな」

「完全同調するべきでしたかね。なんとも言えないところではありますが」

 こちらの攻撃が終わるのを見るや怪物もその鋭い牙で攻撃を仕掛ける。なんとか軌道をそらし、空に飛び立つ。どうしても空ではぎこちない動きになってしまう。ポコともう少し空を飛ぶ鍛錬を積むべきだったか。

 攻撃が外れたのを確認すると怪物は順路を進み始める。こちらも線路に着地し、勢いをつけ直して怪物めがけて飛び立つ。怪物はどんどん加速し、こちらとの距離をとっていく。

「ハルナ! このままでは逃げられてしまいます。レールの柱を利用するなりして加速して追いかけてください」

「なるほど。柱だな。わかった」

 軌道少し変え、柱に足をつける。そのまま勢いよく柱を蹴り、速度をつける。次の柱も蹴り飛ばし、どんどん勢いをつけて行く。たしかにこの方法は効果的……なのだろうか。あたしにはわからない。

 しかし、怪物との距離が近づきつつあるのも事実であった。さて、次のチャンスだ。ここを逃すと、線路の残り具合的にも厳しいものがありそうだ。どうやって攻めようか。さきほど鎌で一撃を加えようとして、見事に外した。同じことをしても外れる未来しか見えない。そうなると……

「ポコ! 申し訳ないが、少し無茶をするから、あたしが失敗したらフォローを頼む」

「貴女の無茶苦茶なんて今日に始まったものではありませんよ。安心してください。私がなんとかします」

 怪物に近づいてきた。怪物の少し前を目掛け鎌を投げつける。飛んでいた時の勢いも重なり、今まで見てきた以上の勢いで鎌は飛ぶ。そのまま怪物の頭の少し上を通り越し、レールを塞ぐように豪快に突き刺さる。刺さった鎌を見て怪物の動きが鈍る。ここがチャンスだ。そのままの勢いで自分自身が怪物に飛びかかる。怪物を引っ張り、勢いに任せてレールから強引に引き抜き、そのまま怪物と共に下に落ちる。それなりに重いあたしではあるが、流石に怪物の方が重かったらしく、怪物を下にして床に墜落した。怪物から飛び退く。鎌を持って上からポコが降りてきてあたしの肩に着陸する。背中に羽をしまう。

「貴女という人は。普段から非力だ非力だ言いながらこういう無茶なことをするんだから。まったく」

「うまくレールから引き離せたんだ。文句ばっかり言ってないで次の攻撃に備えるぞ」

 あれだけの衝撃を受けてもまだ怪物は息があるらしい。人間と違って格上の怪物は体力、攻撃力、防御力が桁外れに高いから困る。のそりと上体を起こすと咆哮をあげる。まだ逃げるのか、それとも……

 怪物はさらに口を大きく開けると、その大きな口から衝撃波を放つ。大慌てで右に避ける。

「ポコ! 空に走れ!」

 直撃は避けられたが、余波を受けたらしく、大きく吹き飛ばされ、背後の観覧車に激突する。ポコの衝撃を感じなかったのであいつはうまく逃げ切ったのだろう。地面に墜落する。頭がくらくらする。どうも頭を強く打ちすぎたらしい。くそっ。うまく口が回らない。千鳥足で怪物から距離を取る。視界が揺らぐ。畜生。あいつは……ポコは……。どこだ?

 怪物から距離を取ったはいいが、怪物もポコもこちらに近づいてこない。ピンチでもあるが、チャンスでもある。今のうちに物陰で回復しよう……

 しばらく座っていると頭の痺れが取れる。やっと口が動くようになった。魔法を唱え、体の傷を癒す。プリーツスカートが折り目に合わせて裂けてしまっている。後で直そう。先ほどまで怪物がいた方向を見る。すると、ポコが一人で怪物相手に距離を取りつつも、相手をしていた。慌てて合流する。

「目が覚めましたか? 壁に激突するわ千鳥足になるわで流石に私も焦りましたよ。回復したようなら何よりです。後でスカートは私が直しましょう」

「心配をかけたようだな、ポコ。すまない。さて、あんな大技があるならば警戒しないといけないな」

 怪物の尻尾を避けつつ、肩に戻ってきた相棒と会話を続ける。

「そうですね。しかし口を大きく開く、と予備動作はわかりやすいものでした。予備動作の後はほぼノーリアクションで衝撃が飛んできていたので口を開くことをサインに影に隠れるなりしてやり過ごすのがいいかと思います。幸い、今回の戦闘は私達以外の連れもいませんし、ね」

「大技は安全地帯でやり過ごすに限るからな」

 なにがあっても致命傷だけは負ってはいけない。特に機動力でゴリ押すあたし達にとって、移動を制限されるのは致命傷である。

 怪物が予備動作なしにこちらに突撃してくる。衝撃波ではなさそうだ。鎌を抜き、突撃を避け、怪物の頭の上に飛び乗る。そのまま脳天めがけ鎌を突き刺す。大きな叫びをあげ、怪物が悶える。鎌を抜き、頭から飛び降り距離を取る。顎の噛み合わせがずれている。かなり効いたようだ。ならば作戦変更だ。ここがチャンスだろう。鎌を構え直し、もう一度怪物めがけて突撃する。怪物の目の前で鎌を出鱈目に振り回す。怪物側も避けようとしたが、脳天を貫かれ、これ以上動く余裕もなかったのだろう。何発も鎌を受けるうちに動きが鈍くなり、そして、止まった。

「やったか?」

……やった、みたいですね」

 動かなくなった怪物はそのまま闇に溶けるように消え、床には先ほど見つけた鍵が残されていた。鍵を手に取る。再びあの感覚に襲われる。

……今日もママ、来なかったね」

……そうだね。大丈夫、私がついてるから。君に寂しい想いはさせないよ」

……ママ……ママ……会いたいよ」

「大丈夫。退院はもうすぐだからね。そうだ、退院したら、一緒に遊園地やサーカスに行こう! ね?」

……うん」

……お母様、どうしたのかしら。今日には来るって連絡があったのに」

……電話も繋がらない。どうして?」

「緊急搬送! 意識不明、仕事中に突然倒れた女性が……

……どうですか? 何者かと記憶は同調できましたか?」

 ポコの一言で我に返る。また鍵を取った瞬間に何者かの記憶が流れ込んできた。そしてやはり登場人物達に覚えはない。ポコにそのことを伝える。

「私も、貴女と出会う前も出会った後も、病院に纏わる話は持ち合わせていません。やはりここに私たちを招いた人物が見せている記憶と見ていいでしょう。先に進みましょう。それでこの記憶の主と出会い、ここから脱出する手がかりを掴むのです」

 力強く語る相棒を見て、こちらもその気になる。次は子供園か……

4

 子供園は怪物を墜落させた現場からそう遠くない場所にあった。ポコも感じているようだが、こことメリーゴーランドだけ放っている瘴気の格が違う。警戒しすぎることはないだろう。先ほどの怪物との戦闘から考えるに、この遊園地に巣食っている悪霊と思われる何かの格はあたし達より上と思っていいだろう。

 子供園に入る。入った瞬間からピリピリと何者かが肌を刺激する。ポコとあたしの直感は正しいと裏付けるには十分すぎる。さて、どこから探索をしていこうか。

「ハルナ、手前から見ていきましょう。この子供園内部の構造把握が最優先です。すぐにでも逃げられるようにしておくに越したことはありません」

「退路の確保が最優先だな。わかった」

 ポコの指示に従い、退路を確保しつつ、横幅優先で探索を進める。頭の中に子供園の地図が確実に作られていく。最奥まで進むと、ドス黒い鍵が地面に刺さっていた。鍵からも瘴気が放たれているのがとても気になるが、まぁいい。これが手に入らないと先に進めないからな。しかし子供園のシンボルカラーと鍵が黒とはこれは如何に。

 鍵を抜く。さていつもの記憶の欠片が頭に……入って来なかった。

「あれ?」

「いつものやつはこないのですか?」

「あぁ。おかしいな……

 そう思っていた時だった。子供園全体が大きな揺れに襲われる。なんだ? 嫌な感じがする。

「ポコ! 気をつけろ。よくわからんが鍵を引っこ抜いたせいで子供園全体によくない影響を与えたようだ」

「その鍵が霊脈を抑える鍵だったのかもしれません。ひとまず落ち着くまでここで待ちましょう」

 揺れは徐々に大きくなっていく。その間、子供園から見える外の景色が、まるで壁紙のように剥がれ落ち、その奥から数多もの目玉が現れ、こちらを睨む。

「あまり気持ちのいい景色ではないな」

「そうですね。リリーを救出した精神世界を思い出します。さて、霊脈が落ち着いてきたみたいです。大量の悪霊と化した霊がこちらに迫ってきているみたいです。どうやらその鍵がここに悪霊を封じ込めていたようですね。ここ自体が悪霊を引き寄せやすくなっているみたいですし、あの世へしっかり送っておく必要があるかもしれませんね」

「あぁ、荒療治だが、片っ端から転送してやろうか」

 子供園に囚われた魂を開放すべく、鎌を構える。いつものように鎌で切りつければ勝手にあの世送りになるだろう。

 気づくと床にも目玉が出来上がっていた。あちこちの目玉から大量の子供の悪霊が湧き出てくる。みな異形をしている。鎌で切りつける。大きく膨れ上がった首を跳ね除け、そのまま成仏させる。子供の断末魔が響き渡る。全身爛れた子供が痙攣しながら呻き、こちらに近づいてくる。足を払い、鎌で両断する。

「ママ……どこ……ママ……

 腕が3本ある子供。

「暗いよ……

 両目が潰され、なにも見えない子供。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

 全身から血が吹き出ている子供。

 一歩引く。

「くそっ。流石に気味が悪いな」

「とても心地のいいものではありませんね。しかし襲ってくる以上放っておくとこちらがやられてしまいます。ここは心を鬼にして進みましょう。それに、ここの子供たちを楽にできるのは私たちしか残されていないでしょう」

「そういうことにしておくか」

 ポコの一言に感化かれ、そのまま鎌を構え直す。一歩前に踏み出し、両手で鎌を薙ぎ払う。頭の中に地図は出来上がっている。出口まで走るのは簡単だが、外から睨みつけてくる大量の目玉を見る限り、そう簡単に脱出はできないだろう。鎌で薙ぎ払い子供達を次々と跳ね飛ばし成仏させていく。

 一通り落ち着いたところで入口の方を見る。そちらから何か物音がしたからだ。物音はあっさりと正体を現した。それは頭が三つの四つん這いの赤子であった。

「ケルベロスか何かのつもりもしれないが、人間がやると些か気持ち悪いだけだな」

「人殺し! お前は子供園で遊んでいただけの罪のない子供を殺したんだ!」

右の首の子供が叫ぶ。そうだそうだと他の首も喚き立てる。お前たちは野次馬の女子高生か。

「残念ながら、あたしにはこの子供園で遊ぶことは幸せなこととは思えないな。もう少し楽しくて楽なところに案内してやろう」

鎌を構える。矢継ぎ早に話しかけてきた右の首が口から霊魂を放つ。鎌をクルクル回して弾き飛ばす。案外できるもんだな。ポケットから数枚カードを取り出し、首の方へ飛ばす。カードに追走する。カードでフェイクを仕掛け、頭に鎌を振り下ろす……が、強烈な金属音と共に鎌は弾かれてしまい、頭に致命傷を与えることは叶わなかった。

「なぁにお姉ちゃん。威勢が良かった割に腑抜けた振り下ろしだね。それともなに? 力不足ってやつ?」

今のあたしはおそらく苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。鎌の攻撃を全く受け付けない敵にはいつか出会うとは思っていたが、まさかここまで完全にシャットアウトされるとは。鎌では力不足か。ローリスクで出せる最大火力は金属バットのフルスイングである。しかしこの規格外の硬さを持つ敵に果たして金属バットは効果はあるのか。

「ポコ、上空から偵察を頼む。あまり無茶はするなよ」

「了解」

右肩から相棒が離れ、宇宙に飛び立つ。星々が輝くように目玉がギラつく、宇宙へ。全くロマンチックな光景ではないな。

 しばらく時間を稼ぐ必要がある。ポコの偵察と共に、あたし自身もこのケルベロス擬の弱点を探らなければならない。攻撃の通る場所を探すか、それとも別の方法を模索するのか。幸い、頭と比較して普通の子供同様の大きさと小さめで、機動力には欠けると考えていいだろう。ケルベロス擬に近づく。中央の首の口が裂け、肥大化した歯がチラつく。そのままこちらに噛みつきにかかる。流石にその程度の攻撃は受けない。右にステップをする。右側の首も同様に口を裂き、攻撃をする。その時、ケルベロス擬の左手が動くのを確認する。足払いをするつもりだろうが、右手がガラ空きだ。右手に足払いをし、そのまま余裕を持って距離をとる。バランスを崩したのか、揺らいでいる。真ん中の頭を掴み、そのまま床に叩きつける。赤子の泣き声が響き渡る。腐っても中身は子供か。それに合わせて周りの目玉も目を回す。両脇の頭も動揺している。そのまま頭をつかみ、再び地面に叩きつけ、離れる。右の頭の口が裂けるのが見えたからだ。楽々避ける。真ん中の頭は焦点が合っていない。叩きつけて脳震盪でも起こしたのだろうか。それこそ、さきほどのあたしのように……。脳震盪を起こさせたのはいいが、これでは致命傷にならない。さて、どうするか。

 脳震盪を起こした真ん中の頭は、本当に焦点が合っていない。そうか。

「ポコ! 右首の周りを飛んでくれ!」

「了解!」

 空を滑空していたポコがそのまま下に降りてくる。首の周りを飛び続ける。中央の子供が必死になって焦点を合わせつつ、そして、噛み付いた。そう、右の頭に。右の頭の叫び声が響き渡る。周りの目玉からも涙が出てくる。見ていて気持ちのいいものでは、ない。結局出した結論は同士討ちであった。高火力重装装甲ならば同士討ちが早いとみた。実際、頭を丸かじりにされた右の頭はひとたまりもなかったのだろう。ゴリゴリ噛み続ける中央の頭を尻目に断末魔をあげた。左の頭は怯えている。次の対象は自分なのではないか、と。チャンスだ。再び中央の首を、亡骸諸共地面に叩きつける。このままもうしばらく混乱していてくれ。我に返った左の頭がこちらに霊魂を放つ。鎌で跳ね返し、中央の頭にぶつける。混乱していた中央の首が更に暴れ始める。そしてお互いに同士討ちを始めた。今がチャンスだろう。スカートの裏に仕込んである魂喰に霊力を集める。霊力を集め終わったが、丁度2人で勝手に消耗してきた頃合であった。さて、終わりにしよう。

 魂喰に集まる霊力を確認し、頃合いを見てポコがケルベロス擬から離れる。それを確認し、衝撃波を放つ。何が起こったのかわからないまま、首達は姿を消した。

 霊力の流れも落ち着き、大技の反動もなくなった頃、ポコに声をかける。

「なんとかなったな」

「はい。戦闘に関して、咄嗟に打開案を出してくるのは毎回見事だと思います。私にはその起点の利かせ方はできませんからね」

 お互いの無事を確認し合う。ポコがあたしの肩に戻ろうとした、その時だった。目玉から何者かが現れ、ポコを掴み、そのまま目玉に吸収されてしまう。

「ハ、春奈!」

「!!!!!! ポコ! おい、ドクトル!」

 思わず彼の真名を呼ぶ。ドクトルを飲み込み終えた目玉は、そのまま消えてしまった。どうやら一つだけ別の目玉が混じっていたようだ。それ以外の目玉は穏やかな表情をしていた。先ほどの大群とケルベロス擬で、この子供園にいた悪霊は全てだったようだ。ありがとう、と幾多もの声が聞こえたかと思うと、目玉は消え、子供園も無事に元の世界へ戻っていた。穏やかな声が聞こえる。

「はやく相棒を助けて。そうでないと、この遊園地に永劫に囚われてしまう。彼はメリーゴーランドにいるはずだから」

 あ、あぁ、わかってるさ。ドクトルを、助けなければ。

ーーあの子を、楽にしてあげて。私にはできなかった。あの子は、寂しいだけだと思うから。

 自分でも気が動転しているのがわかる。あたしはこんなにドクトルに依存していたというのか。……彼女を、最初の相棒を失ったあの日を思い出す。これ以上大切なものは失わないと決めたのに。また手元から離れていきそうだった。

 自分を、落ち着かせようとしていた、その時だった。ベースが影の中で反応した。何事だ。影からベースを取り出し、奏でる。何も考えずにいつもの曲を奏でると、影からキュウビが飛び出してきた。

「お前、いつもと違うところから飛び出してきたな。どうした」

 近寄る。キュウビが足にすり寄ってきた。そもそもあたしはすでにベースを奏でていない。いつもならあっさり還ってしまうところだが、キュウビは特に消える気配も、ない。擦り寄りつつ、あたしに抱きつきてきた。対応しきれずに尻餅をつく。あたしの上でキュウビはニコニコしている。

「お、お前……その笑い方は」

 その、笑い方は、忘れもしない。そう、彼女があたしを元気づけようとする、その笑顔だった。

ーー大丈夫、ハルナ、私はいつでも側にいるよ。

 彼女の声が蘇る。忘れたと思っていた、もう見ることはできないと思っていた彼女の笑顔。こんな近くであたしを応援してくれていたんだな。ずっと。

「ありがとう。大丈夫、あたしはポコを助ける。行こう、力を貸して欲しいんだ」

 ベースを影にしまい、キュウビを抱きしめる。大丈夫、あたし達ならできるよ。ポコがいるらしいメリーゴーランドへ向かう。

5

 メリーゴーランドへ戻ってきた。お化け屋敷、ジェットコースター、そして子供園の鍵をそれぞれ差し込む。鉄格子を開き、メリーゴーランドへ乗り込む。メリーゴーランドの中には男の子とも、女の子とも見える、一人の子供がいた。

「お前がずっとあたしに声をかけてきていたやつか?」

「そうだよ。この遊園地で一緒に遊べる友達を探していたんだ」

「友達、ねぇ」

「今まで何人もこの遊園地へ招待したんだけれども、みーんな、元の世界へ帰りたいって言い出すんだ。どうしてだろうね。元の世界では、みーんな一人ぼっちだったのに。一人ぼっちなんて寂しいじゃない? それならば、なにも考えずにずーっと遊んでいられる、この世界で一緒に遊んでいた方がずーっと楽しいのに」

「ずーっと遊んでいられるというのも、楽しい話だと思う。しかし、辛い事の合間合間に、楽しいことがあるからこそ、その楽しいことはずーっと楽しく感じられるわけだ」

 ある世界にいる金髪の少女のことを思う。あれからそれなりに年月が経った。そろそろ年齢相応の気高き女性になっている頃だろう。数年前に救いの未来を魅せた二人の女性のことを思う。彼女達は今でもこの世界で平和に暮らしている。また二人と共に何かしたいと思う。二十数年前に出会った一人の青年のことを思う。当時青年だった彼も、妻子持ちの立派な男性になった。煙草もやめ、最近は二十歳を迎えた娘と共に晩酌をするのが楽しみで仕方ないという。二十数年前は苦しみに足掻いていたとは思えないくらい、幸せな時を過ごしていると思う。そして、永劫とも思える時の流れを、共に過ごした相棒を思う。彼に出会わなければ今でも最初の相棒を失った悲しみに暮れ、孤独に押しつぶされていたと思う。少し偏屈だが、頼りになる相棒。あたしにとって、彼こそが救いの未来なのだろう。

「お前の記憶を、少し、覗かせてもらったよ。ちゃんとはわからないが、多分、不幸が不幸を呼んで、誰が悪いとかではなく、お前は小さな不幸の積合せの末に、何か悲劇に巻き込まれたんだと思う。だが、お前が悲劇の主人公だろうと、あたしのドクトルを攫っていい理由にはならない。だから、残念ながらお前の要望には応えられない。あたし達には帰るべき場所がある」

ーーお母様が過労で亡くなられてから、人形以外に心を開かなくなってしまったの。

ーーお願い、古びた遊戯に囚われた、悲しきあの子の思念を、解放してあげてください。死神様。

「やーっぱりハルナもそう言い出すんだ。いいもん。本当はハルナと遊びたかったんだけど、トモはさっき捕まえた烏とこれから遊ぶんだ」

 そういうと、目の前の子供、トモは大きめなカラスのパペットを取り出す。帽子を被ったおしゃれなパペットだった。

「いいでしょ? これからこのパペットとずーっと遊ぶんだ。ハルナはお邪魔虫。帰ってよ」

……ドクトルはあたしの男だ。悪いが返してもらおうか!!」

 声を張り上げる。トモがむっとした表情をする。背後からドス黒いオーラが出る。やはりお前がドクトルを攫った張本人か。鎌を構える。

「せっかくだし、ハルナ、トモと遊ぼう。最期のゲームだよ!」

 そういうと、場違いに明るいメロディと共にメリーゴーランドが回り始める。回りながら周りの景色が上昇していく。いや、違う。メリーゴーランドが下に降りているのか。完全に外の景色が見えなくなる。メリーゴーランドの照明がつく。降るに連れてメリーゴーランドが著しい速度で朽ち果てていく。その光景はやはり流れるメロディのイメージとあまりにかけ離れていて、ただただ不気味だった。

 トモが行動を起こした。伸びるアームのおもちゃでこちらに攻撃を仕掛けてくる。一瞬でこちらめがけて飛んできたが、なんとか避けることに成功する。そもそも当たらない場所にいるキュウビは悠々と距離をとっている。こちらからも攻撃を仕掛けるべきだろう。なんとしてでもあのパペットを取り返さなければならない。カードを複数枚展開し、さらに鎌を持って突撃する。カードに先行させて、トモの気をそちらに逸らさせる。トモの腕めがけて鎌を振ろうと、トモに近づいた時だった。地面から一枚の大きなドミノが飛び出してきて、鎌の攻撃を妨げる。くそっ。

「そーんな単調な攻撃じゃ、避けられちゃうよ。そうだ、このパペットで遊んでみようかな。偽りの風よ、トモを導く絆となれ!」

 パペットから螺旋状の風が吹く。そのまま大きくなり、あたし達を巻き込みつつ、強く吹く。風と共に飛び交う羽に斬られる。くそっ。

「隙だらけだよ!」

 トモが鞭を叩く。すると何処からともなく火の輪が現れ、炎を纏った獅子が突撃してくる。羽に斬られつつ、一発目は避けられたが、二発目は厳しい。キュウビが獅子との間に割って入る。そのまま獅子を吸収する。九本の尻尾が赤く光り始める。それを見たトモは鞭を叩くのをやめる。三発目まで獅子が出てきて、それもキュウビが吸い込んだ。獅子の攻撃は止められたが、羽の攻撃が未だに収まらない。このままだとジリ貧だ。羽と旋風を止めなければならない。しかし、先のように中途半端な攻撃で突撃してもドミノに止められるだけだ。つまり、大火力でドミノごと薙ぎ払うか、裏をとるか。裏をとる……

「キュウビ! トモの周りを飛び跳ね続けてくれ!」

 キュウビならば、しばらくトモの周りを飛び跳ねていてもダメージはそんなに受けないはずだ。羽による蓄積ダメージが溜まりきる前に、ワンチャンスを見つけなければならない。キュウビが前に出る。キュウビの影に潜り込む。優雅に踊り始めるのを影から確認する。伸びるアームを華麗に避ける。現れたドミノを蹴り、その上に立つ。ドミノの影を伝い、トモの影に潜り込む。影の中で鎌から金属バットに持ち替える。ドミノから降り、キュウビが攻撃を放つ。楽々避けるトモ。避けたその瞬間に、トモの影から飛び出し、パペットを持つ腕めがけて金属バットを振り下ろす。突然の奇襲に対応が遅れたトモは金属バットの攻撃をもろに受ける。パペットが手から離れる。羽による攻撃が終わる。パペットを奪い取ろうとするが、トモに先にとられてしまう。そのまま距離をとられる。

「まさかトモの影から出てくるとはね。ちょーっと予想外」

 トモがでかい声で独り言を言っている。パペットを抱きつつ、トモが次なる攻撃を仕掛けてくる。大きな箱を投げたかと思うと、その中から人形が飛び出してくる。どうやらびっくり箱だったようだ。時間を稼ごうと言うのだろうか。キュウビと自分の傷を魔法で癒しつつ、相手の出方をうかがう。金属バットの一撃は強烈だったのか、殴った方の腕はあまり機能していないようだ。パペットは腕にはめられていないおかげか、羽による攻撃もしばらくは来そうにない。ここが猛攻撃を仕掛けるチャンスだ。びっくり箱を大火力で薙ぎ払い、ドミノの壁を掻い潜りパペットを取り戻そう。ならば、消費の荒さを気にしている場合ではない。

「冷たき遺志よ、今、吹き荒ぶ嵐となり、現世に轟け! 疾れ! アサルトブリザード!」

 トモ諸共巻き込むような角度でアサルトブリザードを叩き込む。その時だった。キュウビが溜め込んでいた炎をアサルトブリザードに載せて放つ。氷と炎を同時に纏い、嵐はびっくり箱とトモに襲いかかる。びっくり箱は一瞬で崩れ落ちる。今しかない。金属バットを捨て、トモ目掛けて走り出す。咄嗟の判断でドミノを出してきたが、出現するドミノに足をつける。そのまま立ち上がったドミノの上からトモ目掛けて飛び降りる。

「こ、こないでよ!!」

 動く方の腕にパペットをはめ、羽をこちらに飛ばしてくる。構うものか。羽を正面から受ける。右目に刺さるが知ったこっちゃない。トモに飛びかかり、押し倒す。腕から強引にパペットを奪う。パペットに腕を突っ込み、中からポコを引き抜く。魂を失ったパペットは無地の布に戻る。ポコは上空に飛び立ち、そのままあたしに飛び込んでくる。完全同調か。しかし、普段以上にポコと感覚を共有している気がする。

「ハルナ! 今がチャンスです! あいつに、トドメを!」

 完全同調中にも関わらずポコの意識が残っているようだが、まぁいいだろう。キュウビもこちらを見て、頷く。

「三位一体! これがあたし達の、ラストリゾートだ!!」

 叫びながら、氷の衝撃波を放つ。ポコがあたしの羽から黒い羽根に包まれた衝撃波を放つ。キュウビは炎の衝撃波を放つ。三つが合わさり、螺旋状の光線になり、トモ目掛けて突き進む。そのままトモを貫き、消しとばした。

6

 トモを、なんとか倒した。ポコがあたしから出てきて、完全同調を解除する。右肩に着地する。

「ハルナ、心配をかけました」

「いいんだ。無事に戻ってくれば。おかえり、ポコ」

「ただいま戻りました」

 よかった。本当に。キュウビはあたし達のやりとりを見て、ニッコリと微笑んでいる。

「ありがとう、キュウビ。お前のおかげで、なんとかなったよ」

 そのままキュウビに抱きつく。彼女がいなければあたしは冷静さを失ったまま、ただ一人で慌てふためいて何もできなかっただろう。失ったと思っていた、彼女の魂が、ここにある。感動のあまり泣きそうになったが、ここで泣いていてはあたしらしくないだろう。ぐっと堪え、立ち上がる。キュウビはそのままもう一度こちらを見ると、影に戻った。

 時を同じくして、メリーゴーランドは先とは逆向きに回り、上昇をはじめる。ひと段落ついたみたいだ。流石に疲れた。目玉から羽を抜き、魔法で癒す。先ほど捨てた金属バットを回収し、影に戻す。そのまま座り込んでしまった。ゆっくりと、上に戻るのを眺める。ぽつりぽつりと、ポコに語りはじめる。

「なぁ、ポコ。あたしは、ずっと一人でも、生きていけるんじゃないか、人知れず生きていくことができるんじゃないか、そう、思っていたんだ。とても、できやしなかった。お前が捕らわれ、もう、帰ってこないんじゃないかと思った時、そう、確信したんだ。お前がいないと、あたしはあたしでは、なくなるんだ、と」

 ポコは黙って聞いてくれる。

「あたしにベースを遺して死んでいった、一人目の相棒がいたんだ。あいつが右利きだったから、あたしは右利き用のベースを使っている。消えたと思っていたあいつの魂は、このベースと共にずっとあたしの側にいてくれたらしい。そして、白銀のキュウビとして、ずっと、ずっと、あたしを見守ってくれていたんだ。お前がいなくなってすぐに、あたしの決意と共鳴して、彼女の魂は形として現れた。それでわかったんだ。あぁ、あたしはこんなにもお前のことを思っていたんだ、お前にこんなにも依存していたんだ、とね」

 帽子を深く被り、ポコも語りはじめる。

「私は、はじめから貴女に半分くらい惚れていた節が、ありました。この女性となら、どこへでも行ける、二人でならば、とね。そういう意味で、私も貴女に依存していました。なに、こういうのはお互い様じゃありませんか。お互い好きでこうやって行動を共にしているんです。私は貴女と違い、孤独だった年月は少ないと思います。何十年もの間、誰にも知られず、触れられず、生きていく、私にはとてもできることではありません。我慢強い、芯の強い貴女だからこそ耐えられたことだと、私は思います。そういう強さに、私は惚れたんです。でも、だからと言って、一人でなんでも抱え込もうとは、思わないでください。私は貴女の力になりたいのですから。一人目の相棒と比べて至らない点も多いかと思います。それでも、今の相棒として、私は私なりの方法で、答えを見つけて生きます。私たちは二人で一人なんですよ」

……ありがとう、ドクトル」

「私こそ、感謝していますよ。春奈」

 しばらく無言の時が流れる。一人目の相棒のことについては、また今度しっかり話そうと思う。今はただ、この相棒との幸せな時間を過ごしたい。

 空が見える。どうやら地上まで戻ってきたようだ。黄昏の空に美しい夕焼けが映る。外に見える遊園地は先ほどまでいた遊園地と違い、本来ここにあるべき遊園地の姿へと戻っていた。そして、メリーゴーランドの外では、見覚えのある懐かしい人物が立っていた。最初はむすっとしていて、次に再会を喜ぶ表情を、そして驚きの表情を見せる。リリーだった。

「ハルナちゃん!? どうしたのそんなにボロボロで!?」

 立ち上がりつつ、声をかける。

「やぁリリー。久しぶりだな。いやなに、ちょっとトラブルに巻き込まれてな。久々に激しすぎる戦闘をしたらボロボロになってしまったんだ。心配することはないさ。それにしても、なぜリリーがここに?」

「私の会社のグループ会社がこの遊園地の管理と運営を任されていてね。一週間前から原因不明の機材トラブルで開園できなくなっていたの。で、その原因を私が調査するように頼まれていて。調べていたら突然メリーゴーランドが地下に潜り始める様子を監視カメラが捉えたから、様子を見にきたの。そしたら地上にメリーゴーランドが戻ってくるわハルナちゃんが乗ってるわで……

「たしかに、それは驚かせたな。すまない。なにが起こっていたのか、このあとゆっくり話そう。原因は解消したから問題ないと思う」

「ありがとう。それならば、私の家にこない? 紅茶くらいなら出せるし、その服も直せると思うし。あと、呼べばニアちゃんもくるんじゃないかな」

「それはいいな。助かる。あと、服ならポコに直してもらうよ」

 ふふっと、リリーに笑われる。なんだ。

「いや、以前出会った時よりも、二人ともより信頼し合ってるように見えたの。なんでかはよくわからないけどね」

 おそらく二人とも、苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。

「私を助けてくれた時の二人も、とても頼もしかったけど、今の二人はもっと頼もしいの。なんだか長年連れ添った夫婦、みたいな感じ」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「光栄な言葉だと、思っておきます」

 なんか二人で同じようなことを言ってしまった。ますます笑われる。畜生。

 行こう、とリリーが声をかけてくる。そのままニアに電話をしつつ、遊園地の出口の方へ歩き出す。置いていかれるわけにもいかないので、ポコと二人でついていくことにした。

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